京極 | ナノ



 こめかみから、ささやかな不快感が這い上がってくる。暫く安定していた私の精神は、ここ最近になってまたしても変調を来した。ゆるゆるとした頭痛に苛まれながら、私は細く長い溜め息を吐く。呆けたように縁側に腰掛け、庭に咲いた紫陽花を眺めながら「もうすぐ梅雨入りだな」とぼんやり思った。

 儚げな青が目に優しい。
 紫陽花には、「移り気」の他にもたくさんの花言葉がある。その中の一つに「辛抱強い愛情」というものがあった事を思い出し、私はほぼ無意識に妻を連想した。


「紫陽花が綺麗でしょう」

 背後からそんな声が降ってきた。肩越しに振り返ると、籠いっぱいの洗濯物を抱えた雪絵が、柔らかな笑みを浮かべて私の脇をすり抜けていく所だった。

「あんな所に紫陽花なんてあったかな」
「去年からですよ。近所の人に分けてもらったから」

 綺麗でしょう、ともう一度言って、雪絵は手際よく洗濯物を干していく。
 白、黒、紺、茶。狭い庭に、あっという間にいかにも私達らしい地味な色が広がった。

「六月はただでさえ雨が多くで憂鬱になってしまうから、せめて花でもあった方が気が紛れるかと思って」

 まるで私の内面を見透かしたような物言いに、たまらず口を引き結んだ。実際、この女には何もかも知られているような気がしてならない。
 京極堂や榎木津、木場のように特別な何かがあるわけではないというのに、雪絵は間違いなく私を此岸に繋ぎ止める存在のうちの一つだ。

 それが酷く情けなく、申し訳なく、煩わしい。

「…雪絵」

 小さく呟いた言葉は彼女に届くこと無く消えた。この感情さえも愛だと呼ぶのなら、それはなんて自己中心的なものなのだろう。






end.



紫陽花(関雪)



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