温度は適温。暑くも寒くもない。風は吹いていない。無風。明るさは適切。窓やドアはない。密室空間。素足に触れる床は、まるで温度がない。温かくも冷たくもない。手で触れる範囲に壁はない。一体ココはドコなのか。色は一面の白。 「みどりかわ、りゅうじ」 ひどく聞き慣れた声に名前を呼ばれて振り返る。先ほどまで人なんか居なかったはずのそこにいつの間にか人が居るのだ。 そして、そいつは、 俺だった。 「……ぇ…??」 「緑川 リュウジ」 俺の名前を呼ぶ俺は確かに俺なのだが、俺では、ない。 「…なに??…ぇ…??俺??」 「お前だが、お前とは違う。」 「いや…お前は――」 「私は、レーゼ、だ。」 思い出したくもない過去を鮮明に思い出してしまう。普段なら笑い飛ばしてしまうのだが、そうもいかないような重苦しい雰囲気だった。俺じゃない俺は、人を見下したような瞳で俺を射抜くように見ている。ガクリ、と辺りの空気が冷えた気がした。 「お前は、弱い。」 俺を射抜いたまま、俺じゃない俺が口を開いた。飛び出た言葉に身体が強張る。聞いたら駄目だ。信じては駄目だ。 「お前は、そこへ行くべき人ではない。お前は、こちら側の人間だ。与えられた強さにしがみついていなければ勝てない人間だ。」 俺じゃない俺の言葉は鋭い刃物よりも強烈に響いた。脳みその弱い所をガリガリと抉られるような感覚に息が詰まる。素足の裏が冷えて寒い。反論したいのに、まるで喉まで凍りついたように、言葉が突っかかる。 「戻ってくるんだ、レーゼ」 低く、唸るような声が聞こえて、声に目をやるとそこには…デザーム…が立っていた。黒い眼球が俺をジッと見つめていて、恐怖が俺を横切る。 「マスターランクに程遠いお前がそっちで何が出来るのさ」 「無力な奴は無力なりの生き方がある」 同時に聞こえた声の主は…バーン…に…ガゼル…だった。白い空間の真ん中で俺はいつの間にか囲まれる体制になっていた。各々の鋭い視線が四方から俺に刺さっている。あぁ、いたい。耐えきれずにしゃがみこむ。誰とも目を合わせたくなくて、俯いてしまった。滲む視界。 無力な俺に、何が出来るだろうか。確かに俺は何も出来ない。俺は、弱い。そう。弱い。やっぱり、そうだ、俺の、居場所は… 「リュウジ、」 名前を呼ばれて、我に帰る。恐ろしい事を考えかけていた事にゾッとした。不意に腕を誰かに掴まれて強く引かれる。慌てて振り払おうとして、驚いた。 「ヒロト!」 「リュウジ、立って。行くよ。」 「え、どこに!?」 「それとも、ここに居たいの?」 辺りを見渡すと、俺とヒロトを囲む4人は黙って冷たい視線を向けていた。言葉はないものの、その視線は"お前の居場所はここだ"と叫び続けていた。 また、その叫びに応えてしまいそうで、急いで立ち上がる。ヒロトに引かれるがままに歩き始めた。 会話は、何もなかった。引かれ続ける腕を見ればヒロトの色白の肌が俺の肌に浮いているようだった。冷え切ってしまった室内の温度も、冷たいヒロトの手のひらで、みるみるうちに温まってしまっていた。 歩いても歩いても一向に景色の変わらない部屋の中。ヒロトは急に止まると俺の腕を離した。 「ここまでしか、送れない」 「ヒロト…?」 振り返ったヒロトの顔をまじまじと見た。ヒロトはヒロトなのだが、ヒロトではなかった。よく見ると、グラン、だった。 「僕は緑川なら出来ると思うから」 「ヒロト??…うわっ」 ヒロトに肩を押されてバランスを崩して、目を見開く。そこに見えた景色は白の空間なんかではなく、見慣れた天井。 ウソ、今の夢…?それにしては、余りにもリアルだった。腕には微かに冷たさが残るようで。 「緑川!早くしないと置いてくよ!」 部屋の外から聞こえた声に、飛び上がった。そう、今日は代表選抜の日。あぁ、だからあんな夢を見るのか、単純だなぁ。と慌ただしく用意をしながら苦笑した。心の中で夢で言われた言葉を繰り返しながら。 "緑川なら出来ると思うから" 「待ってよヒロト!今行く!!」 (一歩ずつ前へ進んでいるよ) (君が手を引いている限りね) 【冷たい手で温まる】 . Back . |