「佐久間」 呼ばれても振り返らない。 曖昧な返事を返せば、彼は淡々と話すから。目なんか合わせなくてもいい。 「明日の練習なんだがな―――」 話は全て右から左。脳味噌突っ切って何も聞こえず流れていく。 「聞いてるか??」 「聞いてない」 「だろうな。」 流れる沈黙。 練習の汗を拭くために持っていたタオルを顔に押し付ける。鼻を掠めるのは、俺の匂いじゃ、ない。 がっちり捕まった身体。 視界の端に、茶色の固い髪が映る。 身体に回された腕。キーパーの逞しい腕。傷ついて一度、壊れてしまった脆い腕。 抱きしめ返したいのに、腕は、動かない。 好き。なのに触れたくない。きっとまた巻き込んで壊してしまうから。 力を求めたのは少なくともコイツより俺で。コイツが求めたのはきっと俺からの、「―――」。 「源田」 「なんだ」 「また、俺はお前を壊すかもしれない」 「あぁ」 「それでも、抱きしめ返しても、いい?」 「あぁ。」 広い背中にしがみつく。振り落とされないように、置いてかれないように。 俺の片方の瞳から流れるモノは、一体なんだろうか。 「佐久間、好き、だ」 その返事は今の俺には言えないんだ。 (それは、ただの、思い込みだ。) (言ったら、また、君を壊すから。) 【俺とお前の間に、】 **** 情緒不安定佐久間 Back . |