「ただいまー」
「たっだいまー」
「おかえりー」
「青空っ、甘味は買ってきてくれたか!?」
「はいはい、ちょっと待ってねー…」
甘味を要求する本当の目的は、青空に構ってほしい。
ただでさえ、今日は佐助と2人きりで買い物に行ったのだ。
あの佐助のにやけ顔…何か青空とあったのか?
「佐助、頬が緩んでおるぞ。しっかり気を引き締めんか!」
「引き締めんかって旦那、戦でも行くの?」
むむぅ…ニヤニヤと…!
「あっ、そうだ、青空ちゃーん」
「何ですか?」
佐助は軽く手招きをして、青空を呼ぶ。
その仕草、その緩みきった笑顔…なんか腹がたつ。
そして、横に立った青空の耳元に、急に口を近づけた。
「あのこと、は旦那には内緒ね」
まるで俺に聞かせるような内緒話。
それを聞いた青空は、頬を紅色に染めた。
それだけを言い残し、佐助は台所へ逃げてしまった。
「あっ、そうそう幸村君!」
モヤモヤとした気持ちが俺を取り巻くのを他所に、青空が俺の顔を覗きこむ。
「あのね、幸村君の好きなお団子買い忘れちゃったみたいなの。ごめんね」
「…なら、今から買いにゆこう」
本気で悪そうに謝る青空の手を力任せに掴み、引っ張っていく。
「わっ、ちょっ…幸村君!?」
「ちょっと旦那、何処に行くのさ!」
「団子を買いにだ!!」
投げやりに答えたことは、別に後悔してなかった。
「ゆっ、幸村君!ちょ、ちょっと待って…!」
必死そうな声も無視し、前へ前へと大股で歩いていく。
靄が晴れない…なんなんだこの気持ちは!
『あのこと、は旦那には内緒ね』
考えたくもない。なのに考えてしまう…。
ああ、どうにかなってしまいそうだ。
「幸村君…手、痛いよ…」
そしてやっと我に返ったのは、か細い、泣いてしまいそうな青空の声。
「すっ、すまぬ青空!」
俺の手で圧力をかけられていた細い腕には、くっきりと赤い跡が残されていた。
「ぬぉおお!すすっ、すまぬ青空!このようになるまで力を入れていたとは気がつかず…!」
「…ふふっ」
跡がつけられた箇所をさすっていると、微かな笑い声が耳に届いた。
「よかった。いつもの幸村君だ」
ぽかんと、口を開け間抜けな顔をしているであろう。
言葉の意味がよくわからなかった。
「なんだか幸村君、さっきまで凄い怖い顔してて…何かあったのかなって思って」
ほっと胸を撫で下ろすような仕草を見せた。
表面に出てしまうまで、いらついていたのか…。
怖い思いをさせてしまったのだな。
今さすっているこの細い腕をちょっと握っただけで、か細い声で啼く。
しかしすぐ笑顔をむけてくれる。
なんて、強くて脆いのだろう。
「ん?どうしたの幸む…!」
俺の名前を言いかけたところで、遮るように唐突に俺の腕の中に収める。
「ゆっ、幸村君!?」
当然の反応を見せる青空の耳元に、口を持っていく。
「青空は、俺が護る」
抱きしめる力を込めれば、青空は俺の腕の中でさらに小さくなる。
「この命を賭しても、青空は俺が護る」
「幸、村君…」
ほら、今も俺の腕の中にすっぽり納まってしまうほどの小ささだ。
この小さな体で、突如現れた俺達を受け入れて、世話をしてくれる。
辛い過去も背負って、生きている。
「青空だけじゃない、お館様も、甲斐も、皆も!俺が護る!」
この世界には、お館様も甲斐もないはずなのに…口が先走る。
だから…
「ずっと、俺の隣にいてくれ…!」
縋るような願い。いつからか俺の中で生まれた願い。
青空は腕の中でもぞもぞと身を捩じらせ、腕を真っ直ぐ俺に伸ばす。
そのとき、ちらりと先ほどつけてしまった跡が目に入った。
そっと、優しい手つきで俺の頬に触れる。
優しく、微笑んでくれる。
「逆に私が頼みたいくらいだよ…」
涙が溜まる瞳から、目が離せない。
「ずっと、私の隣にいてください…!」
そう告げる青空の顔は、笑いながら涙を流していた。
俺は、胸を張って言える。
君を真っ直ぐ見つめて、言えるんだ。
「青空、愛している」
何も恥ずかしくないはずだ
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