親友が自転車を譲ってくれた。ママチャリだけど、と彼女は言っていたけれど、全然構わない。
これで買い物が楽になる…!
学校の帰り道、彼女の家に寄りそれを受け取る。

「へー、これが自転車かぁ!」

慶次さんが、自転車を興味深そうに全体を見回しながら受け取った。
何故慶次さんかというと理由は単純なようで複雑。
彼とは先日、両想いになったばかりだから。

彼は受け取った自転車を様々な角度から眺め、触ったり、乗ってみたりする。
でも一発で乗れるはずがなく、押して帰ることに。
あ、マンションの自転車置き場の契約しなくっちゃ。
慶次さんが自転車を押して、私がその横を歩きながら他愛もない話をしていると
目の前を一台の自転車が行き去る。
それには1組の高校生らしき男女が乗っていて、男子生徒が漕ぎ、女子生徒が後ろにのり彼の腰に腕を回している。
それはどこにでもあるような、カップルの2人乗りの図だ。
その背を何も言わずに見送る私たち。
あのカップルは漕ぎ去ったあとに、幸せそうな余韻を残していった。
微笑ましいなぁ。と思っていると

「なぁ、青空」

慶次さんがハンドルを力強く握って、私に相談した。

「これから、この自転車乗る練習につきあってくんねぇ?」

苦笑いをしながらそう言う慶次さんの、その意図がわかり、私はすぐに了承した。


通学路を少し外れた河川敷。
夕方の時間帯は帰る学生やサラリーマン、遊びに来ている小学生、買い物帰りの主婦など様々な人々が行きかう。
そこのあまり人がいないスペースで、私は自転車に跨った慶次さんに指導をしている。

「いいですか、まっすぐ、重心を傾けないで…」
「お、おう…」

はたから見れば、大の大人が女子高生に自転車を教わっているというなんとも妙な図ができあがっていることでしょう。
それでも、私も一生懸命慶次さんに伝わるように教える。
だって、私だって、同じだもん…。
暫くすると、漕ぐまではいかないけれどちょっとだけ足を離しても乗れるようになった。

「少し休憩!」

自転車の止め方を教え、慶次さんはその通りにすると芝生に座り込んだ。

「だいぶ上達しましたね」
「うーん、なんか馬と全然感覚が違うから、慣れないなぁ」

困ったような笑顔を浮かべ、彼は止めてある自転車を見つめる。

「最初は誰でも同じですよ。私もお兄ちゃんに練習を付き合ってもらいましたから」

家の近くの自然公園、そこで、補助輪を外したばかりの自転車に跨る私。
その後ろを支えながら押してくれるお兄ちゃん。
お兄ちゃんが手を離しても私が前に進めたときは、お兄ちゃん私と同じくらい喜んでくれたなぁ。

「へぇ…いい思い出だな」
「はい…きっと、同じように練習したら、慶次さんもすぐに乗れるようになりますよ」
「おう!できれば今日中には乗れるようにならなきゃなぁ!」

そう宣言し、勢いよく立ち上がって再び自転車に跨った。
私はその後ろに立ち、自転車を支える。

「でも、慶次さん。また明日でも練習できますから、今日はもう帰らなくちゃ皆さん心配しますよ?」

夕日はあと少しすれば沈むでしょう。
そうすれば、夜が来る。きっと皆さん心配します。

「いや、絶対に今日中に乗れるようになる!」

跨ったまま上半身を後ろに捻り、慶次さんは私の目を真っ直ぐに見た。

「じゃねぇと、他の奴等に青空を後ろに乗せる役が先を越されちまうからな!」

夕日に照らされた彼の笑顔は、私には何よりも素敵な景色だった。
来たときよりもだいぶ行きかう人の数は減った。
買い物袋を持っていた女性は家に帰ると夕食を作る。
たくさん遊んだ子供達は暗くなる前に家に帰る。今日の夕食は好きな物がいいなぁと言い合いながら。
スポーツバッグを肩から提げている学生は、部活での疲れなど見せず友達と笑い合いながら帰路につく。
手を繋ぐ制服姿の男女は、ゆっくりとした足取りで、ゆっくりとそれぞれの自宅まで他愛もない会話に幸せを見出しながら向かう。
ネクタイを緩めながら早めの足取りで歩く男性は、愛する妻の手料理を楽しみにしている。

「青空、しっかり掴まってろよ!」
「はい、掴まってますよ!」
「おっとっと……なぁ、青空」
「…はい」
「好きだよ」
「私も、慶次さんが大好きです」
「あーっ、お兄ちゃん達らぶらぶだぁ!ひゅーひゅー!」
「いいなぁ。あたしもお姉ちゃんみたいにかっこいい男の人と乗りたい!」

2人の子供が、私達と同じスピードで走りながらついてくる。
たくさん遊んだのでしょう。服が砂や埃でいっぱい。

「お、よくわかったな!お前等もいい恋しろよー!」
「うん!おれ、なつきちゃんが好きなんだー!」
「わたしもしゅうへいくんが好きー!」
「そうかぃそうかぃ!仲良くしろよ!」

しゅうへい君となつきちゃん、2人は手を繋いで私たちよりも早く走りだした。

「うん!」
「おにいちゃんとおねえちゃんも仲良くしてねー!」

夕日に照らされる楽しそうに笑う2人の背中を見送る。
彼等が遠くなり、私はそっと慶次さんの背に額をくっつけた。



目の前を子供達が駆けていく。

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