お洒落の方程式 | ナノ

「何か顔違くねえ?」

 出会い頭、開口一番。
 火神君にそう問われた私はきょとんとしてから「ああ」一拍空けて納得した。

「お化粧してるからね」
「ふーん、何でいきなり?」
「何でって……私も社会人の仲間入りですから。たまに練習してるの」
「ふーん」

 自分から聞いたくせに興味があるのかないのか。
 くるくると指先で器用に回されるバスケットボールから外されない視線に苦笑した。

「まだはじめたばっかりで下手だけどね。……変かな?」
「……いいんじゃねえ?」

 そう返す火神君の視線はバスケットボールからぴくりとも動いていない。
 嘘つき。私は口の中だけでそう言い返した。

「火神君は相変わらずバスケばっかり?」
「まあ、そう……だな」
「おや? 何か心当たりでもおありで?」

 一瞬、口ごもった火神君にニヤニヤと笑って茶化す。

「そ、んな事ねえよ!」

 台詞とは裏腹に、動揺は表情にも声にも動作にも出ている。
 顔は赤く、声は上擦り、指先で器用に回転していたバスケットボールは遠くに転がっていってしまった。

「ふーん……。まあ、言いたくないならいいけどさ」
「何もねえって」
「はい、そうですね。……火神君は後2年、あるもんね」

 何の主語もない台詞。それでも、黙った火神君は図星なんだろう。
 羨ましいな。そう漠然と思った。
 火神君に恋愛感情を抱いている訳ではないが、彼のような感情に真っ直ぐな人といるのは楽しそうだと思う。

「……本当にそういうんじゃねえよ。ただ、最近、みょうじといる機会が多かったから」
「寂しくなる?」
「ああ」

 ニヤニヤと茶化した私に火神君は至極真面目な顔で即答した。予想外の返答にポカンとしてしまう。

「……自分から聞いておいてその顔はねえだろ」
「え? どんな顔してた?」
「何言ってんだ、こいつって顔」
「思ったからね」
「お前な……」

 呆れた顔の火神君にニヤッと笑い返す。

「珍しく素直な事を言うからさ。驚いちゃって」
「俺は嘘は苦手だぞ」
「そういう意味じゃなくて」

 じゃあ、どういう意味だよ。
 そう語る視線を無視して「私もちょっと寂しい」なんてキャラじゃない事を言ってみる。

「は?」

 何言ってんだ、こいつって顔された。

「ちょっと、火神君も同じ事を言ったでしょ、さっき」
「そうだけど……ってか、マジで?」
「マジです。からかい甲斐のある後輩がいなくなっちゃって残念」
「そういう意味かよ!」

 即座に入った突っ込みに思わず笑う。本当にいい反応をする後輩だ。

「うん。でも、それってつまりは一緒にいると楽しいって意味じゃない?」
「……伝え方、捻くれ過ぎだろ」

 疲れたようにそう返す火神君の顔がほんのりと赤い。どうやら今の発言は照れ隠しらしい。分かりやすいな。

「まあ、新社会人として荒波に揉まれてくるからしばらく会えないかもしんないけど元気でね」
「みょうじも」

 そう言ってから「あ」と火神君は思い出したように声を上げた。

「何?」
「化粧。似合ってるって言ったのは本当。でも、大人って感じがして俺は好きじゃねえけど」
「……うん? そうなんだ?」

 誉められているのか違うのか、何とも微妙な言葉に曖昧な返事をする私に、それでも火神君は満足そうに「っす」と笑った。