お洒落の方程式 | ナノ

「っつぅ………」

パタパタ…冷たいフローリングに鮮血が落ちる。
鏡の前で安全ピン片手に右耳に穴をあけた。
ガラス窓には無数の水滴と次から次へと聞こえてくる窓をたたく音。
酷く雨の激しい憂鬱な午後の事だった。


「はよーッス」
「おはよ」

前日の雨は未だあがらず、ザザ降りだというのに隣の席の黄瀬君は今日も元気に挨拶をする。
彼は天気とか気にしなさそうだなぁ…

「あんま見つめないで欲しいんッスけど…恥ずかしいッス」
「モデルでしょ?嘘言わないの」
「なまえっちはダメなんッス!!」
「なんだそれ…」

どうやらじっと見てしまっていたようでそれを咎められたがモデルの黄瀬君が見られるの嫌だとかおかしな話。
私限定ってのもおかしな話、 可愛い女の子に見つめられるならまだしも…私は何処にでもいるような普通の女の子、私が周りと違うのは余り周りのことに興味を示さない所か。
だから黄瀬君がカッコ良くても余り気にならないし黄色い声を上げるのも煩わしいとか思ってる。

「ちょっなまえっちこれ何!?」
「んー……」

昨日開けた穴が瘡蓋になって痒くて掻いてたら黄瀬君が私の腕をパッと掴んで複雑な顔してこっちを見ていた。

「昨日開けた」
「ピアス…するの?」
「しないけど」
「……大事にしてほしいッス」
「ん?」

黄瀬君はそれからその日ずっと私と会話はしてくれなかった、いつもなら彼がずっと隣からどうでも良いこと話してくるのに。
そう言えば、私から話すことってなかったな。
ふと見た彼は、少し機嫌が悪そうで私が耳に穴を開けたからなんだろうって何となくそんな気がして自分から話そうとも思わなかった。


何もかもに興味がないわけじゃない、だってこの耳の穴だって興味で開けたんだ。
自分で開けると痛いとか、痛くない人もいるとかそんなこと聞いたから試してみたくなった。
興味があったから。
私は痛かったわけだけど。

本当にそれだけで理由もないし。


翌日も雨はやまなかった。


「なまえっちこれ受け取って」
「なにこれ」
「ピアス買ってきた」
「しないって言ったじゃん」

下校時間、昇降口で黄瀬君に呼び止められて小さな箱差し出された。
特に理由もなく穴を開けたんだ、そうやって変な気の回され方してもうれしくも何ともない。
私はその箱を無視して踵を返して雨の中、持ってきてた傘も差さず校舎を出た。

「これ…ペアなんッス」
「へぇ」
「俺とお揃いしてくんない?」
「なんで?」
「そこまで鈍感だといっそ吹っ切れちゃいそうッスわ……回りぐどい事はもうやめッス」

黄瀬君は頭を少し掻いて、はにかみながらこういった。

「言っとくッスけど本気ッスからね、なまえっち好きです!つきあって下さい!」
「…めんどくさい」
「ちょっとは悩んで………って本当にそうッスか?俺にはソレ、助けてってサインだと思ったんッスけど」
「は?」

ソレといって差した私の右耳、穴の事だろうか…引っ張りすぎ、本当に理由なんてないんだって。
体に打ち付ける雨が冷たい、それに激しい雨音で私の声は届いているのだろうか。
黄瀬君が大声で叫ぶ。

「なまえっちいっつも両親共働きで家に1人って聞いたッスよ」
「うん、話した」
「右耳のピアスって守られる人って意味なの知ってる?つまり守って欲しいって事かなって、それでね俺の左耳のピアスは守る人って意味なの」
「それで?」
「なまえっちの事、俺が守るよ寂しい思いは俺がさせない、だからこれ受け取って」

黄瀬君まで傘も差さないで校舎を出てきて私の元へ来た。
そして手繰り寄せるように私を抱き締めてきた。

「泣かないで」
「泣いてない、雨」
「そーッスね、ね…お願い、頼ってほしいッス…守らせてほしい…」
「貸して」

黄瀬君の体はとても大きくて広くて、こんなに暖かいの私は知らなかったな。

私は雨で冷えた指を一生懸命動かして黄瀬君が持ってきたピアスを右耳につけた。

「似合ってるッス」
「ありがと…」

私は自分が気づかないうちに寂しさを紛らわす為の自傷をしていたようだ。
黄瀬君はそれに気付いて、私を守ると言ってくれた。
私のことが大事だから、自分を傷つけた私が許せなかったんだと言った、そしてだったら穴を開けた理由を作ってしまえとピアスを与えてくれた。
ホント…優しい。
頬を伝う雨は暖かかった。



雨音のピアス



「りょーた!」
「なまえっち!!今日もスッゴく可愛い!」

言葉の通り涼太は私を沢山の新しい世界に連れて行ってくれて寂しい思いなんてする暇が無くなった。
オシャレだって興味無かったのにこうやって誉めてくれるから嬉しくて張り切っちゃったり、私自身すら変えてくれた。
寂しかったんだって思い知らされた、こうも全てのことがキラキラして見えるなんて。

「なまえっち、ピアスだけは変えないッスね」
「いいの、これ気に入ってるから」
「新しいお揃い買おっか?」
「これが良いの、涼太が私を守ってくれた証だから」
「もーなまえっち可愛いこというー!」

涼太が私の罪をオシャレにしてくれなきゃ私の世界は始まらなかったんだよ、涼太。


「ありがとう、大好き」
「俺も愛してるっ」