あれは10年前の8月15日だった。
「あのつきのちかくでひかってるのがーしんたろーぼしで、そのとなりがなまえほしね!」
「だいじょうぶっ!しんたろーぼしも、なまえほしも、1ばんきれいにひかってるから!」
幼稚園児だったころ幼稚園でお泊まり会があって、夜眠れなかった俺たちはこっそりと外に出て、2人で空を見上げていた。そのあと、いないことに気付かれて泣く泣く部屋に戻り、無理矢理寝かされたのは言うまでもない。
隣の布団で横になったなまえはやはり眠れないのか、俺の布団に潜り込んで耳元に口を寄せてきた。
「またらいねんもそのつぎもずっとずっと、いっしょにおほしさまみようね」
小声で指切り拳万を歌ってその日は眠りについた。
約束はしっかり覚えていたのに、なまえの引っ越しにより、それが果たされることはなかった。
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インターハイも終わり、盆休みということで、部活は1週間休みとなった。
課題は7月の間に全部片付けてしまっている。どれだけピアノを弾いてもどれだけ勉強しても、やはり暇になってしまう時間というものは生まれてしまい、こんなときどうすればいいのか分からない程度にはバスケ漬けの日々を送っていることを痛感した。
「真太郎ー、お客さーん」
棚に置いてあるバスケ雑誌にでも目を通すか、と手をかけると、階段下から母親の声が聞こえた。
自分の客と言えば、高尾ぐらいしか想像がつかない。きっと課題見せてくれ、だなんて頼みに来たのだろう。毎朝迎えに来るときのように、急がずゆっくりと玄関に向かえば、そこには高尾じゃない人物がいた。
「久しぶり。私のこと覚えてる?」
頭の記憶を引っ張り出してみるが、いまいち彼女の顔にピンとくるものが見当たらない。彼女が覚えているということは、俺と彼女には接点があったというわけで…。
「そりゃあ10年も経ったら顔つきぐらい変わるよね。しんたろーは何となく面影あるけど。あと髪緑だし」
彼女の俺の呼び方に酷く違和感を覚えた。
幼稚園に通っていたころぐらいに、俺はしんたろうだと何回言っても、しんたろーしんたろーと呼ぶやつがいた。
「もしかして…、なまえか?」
「うん!そうだよ!」
俺に思い出してもらったのがそんなに嬉しかったのか、笑う彼女は知らない女性ではなくなまえだった。
玄関先で小学校や中学校の話、幼稚園での思い出話に花を咲かせていたら、母親が長話するなら居間に行きなさいと言ったものだから、遠慮がちになまえはサンダルを脱ぎ、家へと上がった。
「懐かしいなー。ピアノとか、しんたろーまだやってるの?」
「本格的なものではないが、時間があれば弾いてたりするのだよ」
「星とかは見てないの?」
ピアノから何故そんな話題に行き着くかが俺には理解出来なかった。正直に見てなどいないと言えば、なまえは少し寂しそうに笑った。それを見逃したわけではなかったが、下手に突っ込むことも出来ない俺は、ここに来た理由を問うた。
「近くの大学のオープンキャンパスに来てたの。それでそう言えば昔ここに住んでたなーって思って、しんたろーのこと思い出したから来たんだ」
「そうか」
それで会話は終わってしまい、妙な沈黙が流れ始めてなまえは帰るね、と行って我が家を後にした。
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夕飯を食べていたら、仕事から帰ってきた父親が俺の前に1通の手紙を置いた。出来るだけ早く食べて、手紙を開けた。
昼間は突然遊びに行ってごめんねなさい。久しぶりに真太郎の顔が見れてよかったです。
これは本当に偶然なんだけど、今日は何の日か知ってますか。きっと空を見上げたら分かると思います。
またいつか遊びに行きます。
なまえ
大事に取っておこうだなんて思った手紙を握りしめて部屋に戻って窓を開けた。
雲ひとつない空にたくさんの星が散りばめられている。
こうして空を眺めるのなんて久しぶりだ。そんなことを思いながら空を見ていると、ふと思い出した。
『あのつきのちかくでひかってるのがーしんたろーぼしで、そのとなりがなまえほしね!』
『だいじょうぶっ!しんたろーぼしも、なまえほしも、1ばんきれいにひかってるから!』
『またらいねんもそのつぎもずっとずっと、いっしょにおほしさまみようね』
拙い今日聞いた声より少し高いあの声が、柔らかい小指の感触が、急に思い出された。そう言えばあの日は8月20日だった。そして今日は8月20日で約束の日だ。
月の方を見れば、あの頃と変わらないほどの光を放っている星があって、隣には少し遠慮がちにそれでも自分の存在を知らしめるように光る星があった。
俺は急いで母親の元に行き、封筒と便箋を貰った。俺には似合わない花柄の便箋を見て、あいつはきっと笑うだろう。人に笑われるのは気に食わないが、何となくあいつに笑われるならいいと思った。
ボールペンを手に取り、たった1文だけを書いて俺は便箋を封筒に詰めた。
来年、一緒に星を見よう
今年はお前が来てくれたから、来年は俺がお前の元に行ってやる。そう続けようと思ったが、この1文だけであいつは分かってくれるだろうと、俺は確信していた。
早く朝が来て夜が過ぎて来年がくればいい。
そんな子供じみたことを思いながら、一生懸命光る2つの星を眺めていた。