■013:魔人と騎士


「待って、…兄さん!」

聖騎士は黒い甲冑の男を「兄さん」と確かに呼んだ。この場を去ろうと背を向ける相手を追いかけ、セシルは叫ぶ。
ゴルベーザは耳を疑い思わず振り返った。
そして目の前に佇む我が弟の顔を見て、そのまま動けなくなってしまった。

初めにお互いが血の繋がった兄弟だと知った時、それは喜ばしい再会ではなく、今まで剣を交えてきた宿敵がたった一人の肉親であったという悲劇だった。
セシルは彼を「兄」と呼ぶ事で心の整理をつけようとした。憎んでいた相手を家族として愛そうと。
元の世界で別れを告げたセシルの顔には複雑で葛藤の色が深く刻まれていた。単純に割り切れるような話ではない。だからゴルベーザも青き星を離れたというのに。

それから異世界で再会を果たした時、ゴルベーザよりも後の輪廻で召喚されたセシルには元の世界の記憶が完全ではなかった。
再び宿敵として目の前に現れた弟は、過去と同じく魔人を憎み、容赦なく剣を斬り付けてくる。
ゴルベーザはこの閉じられた世界で神々に戦う事を強いられた状況なら、それならそれで都合がいいとも思った。迷いの無いほうがセシルがクリスタルを手に入れる可能性も高い。
弟だけは救いたいという気持ちが生まれたゴルベーザはわざわざ彼に真実を教えることはしなかった。
全ては彼の為を思って。

しかしカオスが勝利し、次の闘争が始まるとセシルの行動に異変が起きた

「頼む、話を聞いてくれ」

「お前と話すことなど何も…」

セシルはゴルベーザが兄だという事実を思い出していた。
しかしそれは未だ曖昧で記憶を断片的に回復した状態に過ぎない。

「一緒に行こう」

ゴルベーザに向かって手を差し出す彼に、元の世界で別れを告げた時のような迷いはなかった。
言葉どおり兄を慕うかのように向けられる笑顔が、そこにはある。

「馬鹿な…私がコスモスの戦士であるお前と共にいる資格はない」

「そんなこと…!」

「セシル、」

「…僕は兄さんといたいのに」

ゴルベーザは目眩がした。あまりも自分に都合が良すぎる。彼が自分を許すわけがないのだ。記憶の回復が中途半端なだけで混乱しているのだろう。
セシルは今、正しい判断が出来なくなっている。兄弟という立場だけが浮き彫りになってかつてゴルベーザが重ねてきた所業を思い出していない。

「私は、」
彼に愛される資格は自分にはない
どうか自分を許さないでほしい
ゴルベーザはその場を立ち去ることが出来なかった。真っ直ぐ自分を見つめる彼の視線が眩しくも心地よく感じてしまっていた。
二人を隔てるものはこの世界に何も無い、だから愛しいと思う。
この感情は、あってはならない
私は、私は、



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20110728



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