■英雄と少女

「何で我慢するの?」

食事を終えた戦士たちが談笑する中を横切ろうとすると突然のびてきた少女の手に捕まる。やや強く握られた腕を振り払うことも出来ず、必然的に足が止まった。
ティナは黒いコートの下に視線を向けて唇を噛み締める。

「怪我してるでしょう」
「…大した傷じゃない」
「でも痛いでしょう?手当てしなきゃ」
「これくらい薬を使うまでもない」
後で自分の回復魔法を使うと言えば、納得いかないという顔だが拘束は解かれた。

今日、戦闘で負傷した。致命的なものではなく、腕や足などの動作に支障もない。腹部の小さなかすり傷は痛みを我慢することも出来ないことはなく、魔法や薬をわざわざ使用して治癒するほどではないと判断し、放っておいた。
それを誰にも気付かれることはないと思ったが、少女は違った。戦闘後は特に他人の異変や感情的な気配まで敏感に研ぎ澄まされているようだった。まるで野性的な感覚に近いそれは敵の感知にはとても役に立つが、別の目的にも使えるようだ。

「お前は他人が傷つくのにいたく過敏だな」
「…」
「生憎俺も兵士だ。自分の体調管理くらい出来るつもりだが」
「…ごめんなさい」

気まずそうにティナは俯いた。
自分よりも歳の若い人間に囲まれる環境には違和感が消えない。上司でも部下でもない相手にどう向き合えばいいのか、未だわからなかった。

「何故謝る」
「えっ…だって」

口籠もる相手につい無意識に責めるような口調になってしまうのことに後悔した。慣れないことはしないほうがいいのか、それ以上追及もせず踵を返すと遠慮がちに名前を呼ばれた。

「何だ」
「うん、いいの。怪我、平気なら」

一人で納得したように頷き、まるで言い聞かせるようにそう言うとすっきりしたような様子で「でも我慢しないで」と釘を刺される。
目の前でケアルを唱えると彼女はふわりと柔らかく笑った。



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20110929


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