■ラストダンジョン(カインとセシル)
「ぐあっ!」
「カイン!大丈夫か!!」
ドラゴンに槍を突き立て、地面に着地したその瞬間を狙ってもう一対のドラゴンがカインに襲いかかった。攻撃をかわし切れず、彼はドラゴンの尾に弾き飛ばされ壁へと激しく打ち付けられる。
短い呻き声を上げ、カインはその場で地に手を着きうずくまった。
「ローザ!カインにケアルガを…」
「回復はいらん、攻撃の手を休めるな!」
「カイン!?」
明らかに瀕死の傷を負っていながら彼は再び上空へと飛び上がった。
彼が空にいる間は回復魔法も届かない。ローザは仕方なしに敵にホーリーを唱える。
「セシル、一気に畳み掛けましょう!」
「くっ、わかった…リディア、エッジ行くぞ!」
セシルはエッジと二人がかりで斬り掛かるとようやく一体目のドラゴンが倒れた。
リディアは後列で上級魔法を唱え始める。
「もう少しだ…!」
カインが再び槍と共にドラゴンへと急降下した。敵はひるみ、もう一息で倒せる。その時だった。
カインは間髪入れずに槍を構え直そうとしたが瀕死の傷の重さから一瞬、ふらりと身体がよろめき隙を生んだ。
それをドラゴンは見逃さず、カインへと襲い掛かる。
「うっ!」
セシルは考えるよりも先に体が動いていた。身を挺して彼の盾となり、彼がもらうはずだったダメージを渾身で受け止める。
「セシル!?…ちっ、」
カインは上空へと向かわず槍で敵を牽制する。その背後で詠唱を終えたリディアの黒魔法がドラゴンを仕留めた。
「何故俺を庇った!」
「何故って…」
「待って二人とも、話よりも怪我の手当てが先よ!」
カインは深手の傷に表情を歪めながらも、戦闘が終わるや否やセシルを罵倒した。
慌てて間に入るローザは白魔法で二人の傷を癒す。
傷が塞がる間もカインはセシルを睨み、苛々が落ち着くことはなかった。彼に対してだけじゃない、自分の腑甲斐なさに対しても。
「先ず、敵を倒すことを考えろ」
暗黒騎士であった時の彼ならばこんな戦い方はしなかったはずだ。軍では味方を庇うよりも敵の殲滅を優先していた。
「カイン、これは任務じゃないんだよ」
「そんなことはわかっている!」
これはエゴだ。セシルに庇われた事実はカインのプライドを痛く傷つけた。
愛するローザを奪われ、二度も裏切り、それでもなおセシルはカインを許した。
カインはいっそセシルを憎んでしまいたかった。けれどそれは許されない。
セシルの優しさが最後までカインを引き止める。
「僕はもう誰も…傷つく姿が見たくないんだよ」
「俺は構わん」
「君だって大事な仲間じゃないか…!」
「だからお前は…」
甘いんだ。カインは言葉を飲み込む。
自分が二度も裏切ったことを、この男は忘れているのだろうか。この確固たる信頼はなんだ。
セシルの優しさはカインが悪に染まることを許さず、カインを酷く苦しめた。
「話はその辺にしとけって!早く先に進もうぜ!」
「エッジ…」
「カイン、この話はまた後にしよう。僕たちは言い争ってる場合じゃない」
このダンジョンを抜けた所に全ての元凶がいる。言い淀むカインをよそに急かすエッジに促され五人はまた薄暗い洞窟を歩き始めた。
(あれを倒しても、俺はお前を羨む事を止められないというのに…)
白い鎧を纏ったその背中を見つめる。もうお互いを何の疑いもなく信じ合えた昔のようにはいかないのだ。
いつまた自分が彼を後ろから襲ってしまうのかもわからない。しかし今は自分の悪意に怯えながら戦うしかない。それが自分の罰なのだとカインは思った。
---
20110809