■24710(騎士と夢想)
ぽかぽかと心地よい、日溜まりのような暖かさだと、セシルは思う。幼い頃の父も母も記憶にはないが、人と手を繋いでいるとそれだけで何だか懐かしい気分になった。
「ジェクトさんとこんな風に歩いた事あったのかい?」
何を思いついたのか、コスモスの陣営に帰る途中に手を繋ごうと言ったのはティーダだった。
「オヤジとはない」
「じゃあお母さんと?」
「うん…たぶん」
思い出した記憶が完全ではないせいか、それとも単純に幼少の思い出だからあまり覚えていないのか、ティーダは曖昧に返すしかなかった。
夕日が水平線に沈んでいくのを見つめる彼の横顔をセシルは見つめた。
「お母さん、大好きだったんだね」
ティーダは振り向いたが何も言わなかった。何も言えず顔をぐしゃぐしゃに歪めて唇を噛み締める。彼がジェクトを嫌うのはきっと母が好きだったからだとセシルは思っていた。けれど、最近になってそれだけじゃないとわかった。
ジェクトが決して嫌いではないのだ。
嫌いと口にすることで自分と母を置いていった彼を憎もうとしているだけで、ジェクトは彼にとって唯一血の繋がった親子で、家族であることには変わりない。
「ごめん」
「…え?」
「セシルにそんな顔させて」
「僕が…?」
泣きそうなのは彼じゃなくて自分の方だった。軍に入ってからはどんなに辛くても泣いたことはなかったのに今は零れそうな涙を堪えるのに必死で、目頭が熱い。
「セシルはきっと俺なんかよりずっと辛かったんだろ」
「違う、僕は」
「泣いちゃえよ!」
「僕は…」
父や母のぬくもりを知らない。
兄と自分を彼らに重ねてしまった。
ティーダとセシルでは状況が違ったし、彼の気持ちを全て知ったつもりになるのが嫌だった。同情したのではなく、羨ましかったのだ、素直な彼が。
ティーダは声を荒げたがセシルは泣かなかった。繋いだ指先にぎゅうと力を込めるだけで、いつものように笑ってみせた。
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20110826