■012:英雄と夢想
まるで幼子が泣き喚くそれと変わらない。
感情の表現の仕方も己が誰かもわからない。
ティーダは善悪の概念も執着もなかった。
ただただ好奇心だけが無差別に向けられ、与えられたものを素直に受け取る。
記憶は人間そのものの人格を構成するための材料だった。
それがない、この世界に召喚されたばかりの人間は人形か、または生まれたばかりの赤子と大差なかった。
「セフィロスはどれくらい記憶があるんだ?」
破壊者が並ぶカオスの戦士の中で、ティーダは異質な存在だった。戦いを好むような思考も持たず、明確な意志はただ唯一の肉親を憎む心だけ。やたらと他の戦士に干渉したがるが、全て純粋な好奇心からくる行動だった。
話し掛けられた言葉に無視を決め込む。
このような光景も一度や二度ではない。
腕を組み岩場に背を預け、目蓋を下ろした。ティーダも反応が得られないのは前提で話し掛けたのだろう。近くの岩場に同じように腰掛け、一人で勝手に話しだす。
特に害は無いので、いつも彼の好きにさせていた。元より少しは彼に興味があったのかもしれない。他人との接触は疎ましかったが、自分の記憶の回復にはどうしても自分以外の人間との交わりが必要だった。
「さっきマティウスと会ってきた。
あいつ俺の記憶を取り戻すために戦ってくれたんだ。案外良い奴だよな!」
「………」
「それで、少しだけ思い出したんだ親父のこと…あんなに大嫌いだったのに、何で俺今まで忘れちゃってたんだろうな」
「ジェクト、と言ったか」
ティーダのいう父親はコスモスの戦士として召喚されていた。何の因果か親子で殺し合う運命を作り出す神々も、中々趣味が悪い
「…あいつのせいで、母さんは死んだんだ」
「かあさん…?」
母さん。その言葉がじわりと頭にこびりつく。自分の中の何かが呼び掛けている
「何か思い出したのか?
セフィロスの親ってどんな感じだった?」
「私は…」
父親、母親とは、そもそも私は人間から生まれた存在なのか…モンスターではないのか?バラバラと記憶が断片的に蘇る。
過去の自分を構成していた情報があまりにも多過ぎる。
「母の名はジェノバ…」
「名前まで覚えてるじゃん!」
ぽつり、と出た言葉にティーダの顔はパッと明るくなった。嬉しそうに微笑む彼の心境とは違い、己の全てを形成していると言っていい母の存在に気付かなかった自分に失念する。
「何故、今まで忘れていた」
「しょうがないだろ。でも思い出せてよかったな」
「ああ、お前のおかげだな」
らしくもなく自分が礼を言った事にティーダは一瞬ぽかんと口を開け驚いていた。
事実、彼が父親の話をしなければ記憶の回復がもっと遅れていたかもしれない。
「セフィロスも母親が好きだったんだな」
母を愛しく思うように、彼が父を憎むことと自分が世界を憎むことは似ている。
---
20110809