長編 | ナノ


14.おいしいディナーをありがとう


あの後、夜明け前に上田を発ち、一人走り続けた。
「一緒に行く」と食い下がる長を宥めるのに少々手こずったが、再び間者を送り込んでくる可能性も無くなったわけではないということで、最後は納得してくれた。


やっぱり長は心配性だ。


途中休むことなく飛ばし気味で駆けてきたら、二刻半ほどで松永の居城である信貴山城に到着した。
……我ながらすごい体力だ。


日が昇り、すがすがしい朝の陽気のなか堂々と入り込むのもなんだか癪ではあったが、こそこそする理由も特にないので、正面から邪魔することにする。
正面とはいっても、門番に頭下げて通してもらうわけにもいかないので、城壁の上から入らせてもらうのだが。



壁を越え敷地内に入り込むと、なんだか先ほどの気持ちの良い朝の陽気はどこかへ行ってしまったようだった。
手ですくうことができるのではないかというような、重々しい空気。


ただ邪悪というわけではなく、ピンと張りつめたというか、どこか威厳のあるような、そんな重さ。


これも松永という男の存在が放つものなのかと、少し警戒を強める。



城の屋根を伝い、何部屋か天井裏をすり抜けると、目的の男の背が見えた。


なにやら茶器を眺めている。


少しその様子を伺っていると――



「こんなにも早く来るとは……やはりこちらの送った間者は、安物の餌程度にしかならなかったようだ」



気付かれてた



「だが、その安物の餌でも随分と良いものが釣れたようだ……紅氷柱。いや、みょうじなまえ」



私はおとなしく部屋へと降り立った。



「……私は、出された食べ物は残さない主義なんだ。どんなに安物の餌だろうとな。だって勿体ないから」


「いやはや、愉快愉快。今回の餌は、お口に合ったかね?」


「ああ。歯ごたえがなかったけれど、それはそれで美味しかったよ。美味しいものをいただいてしまったからには、礼に来なきゃと思って」


「そうか……では、その礼に、私に何をくれるというのかね?」


「ははは、何が欲しい?」


「では……なまえ、その氷の剣を貰おうか」


その瞬間、松永が指を鳴らしたかと思えば、けたたましい爆音とともに、部屋の外へと吹き飛ばされた。
なんとか受け身を取り体勢を立て直して着地すると、煙の中から悠々と歩いてくるその男が見える。


「松永、お前は真田の何を狙っている?」


「おや、先ほども言ったのだが…聞えなかったかね? 私が欲しいのは、その手にある、氷の剣だ」


「最初からこれが欲しくて、あんなことしたのか」


「その剣は、君の生み出す氷の刃によって完成する。そうだろう? 戦いに生きる一人の女の意思によって形を変える刃……ぜひこの手で愛でてみたいと思ってね。だがその剣も、日頃は単なる柄に過ぎない。その美しい氷の刃を手にするには、なまえ……剣とともに、君を手に入れなければ意味がないのだよ」









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