「……というわけだ。良かったな、白菊」
「説明になってないよ」
上機嫌に笑う派手な男を一蹴したのは、こちらもまた負けず劣らずの見目形をした、白菊というらしい男だった。繊細で儚い、慎ましやかな雰囲気をしていて、はっきりとした派手さはないものの、十分、いや十二分に、見る者の視線を釘付けにするだろう。
呆気にとられている私を尻目に、派手な男は白菊の肩を親しげに叩いた。
「新しい新造も養わなきゃなんねーし、お前の相手してる暇がないんだよ」
「別に毎日来てくれなんて言ってないよ、桃」
そりゃあ、来てくれるのは嬉しいけれど。白菊が困ったように苦笑する。そろばんを弾く手を止め、初めて視線を私の方に向けた。そして、深く頭を下げる。
「――うちの桃が迷惑かけたみたいだね。ごめんね」
「は? なんでお前が、」
「了解得てないんでしょ? それじゃあ、かどわかしと同じだよ」
白菊は、桃という似合わない名前の派手な男を諌めた。桃は何か言いたげに口を開けたが、結局、何も言えずに押し黙る。
私は我に返って、好機だとばかりに勇んで切り出した。
「そ、それじゃあ…、私帰っても?」
「勿論」
あっさりと承諾して、白菊は頷いた。私はほっと息をつく。これで、家に帰れる。何させられるか、堪ったもんじゃない…。そこまで考えて、私ははっとした。
私、派手な男の…、桃の顔に傷をつけたんだった。
恐る恐る、桃の方を見やると、子どもがふてくされたような顔をしてそっぽを向いていた。無意識に手をやっている桃の頬は、やはり、赤くなって腫れてしまっている。手加減なしで、勢いをそのままに叩いたのだ。当然といったら、当然だ。
『自分が悪かったら、謝る。そういうけじめはちゃんとしなきゃいけませんよ、お嬢さん』
今朝会ったばかりだというのに、懐かしい感じすら憶えるおじさんの言葉が脳裏をよぎった。その瞬間、私は、せめて駕籠をと立ち上がった白菊を呼び止めていた。
「――ちょっと待ってください!」
「え?」
何事かと白菊は驚いたように目を丸くして振り返った。そんな仕草さえ、優雅で、私は何故か赤くなってしまう。
一体、何をしているんだと自分を叱咤して、私はごめんなさいと額を床に付けた。
「これは、一体…」
「あの、私…、実は、そこの方に助けて頂いて、それで…、な、成り行きで怪我をさせてしまって…だから、あのっ」
私はちょっと考えた挙句に、顔を上げて、面食らう白菊に向かって提案した。
「私に出来ることなら、なんでもします! お、お金とか…そういうのは持っていないので…、持っていない分は……こ、ここで、働いて返します!」
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