(……この男は…、何故、笑う?)

桔梗は放たれた斬撃を交わし、息を切らしながら、問いかけた。何度、刀を交えても読めぬ男の顔はいっそ無邪気ともいえるほど、愉しげであった。

……まるで、玩具を見つけた子どものような。


互いのの斬撃が全く傷を負わせていないわけではない。確かに、桔梗の刃は久信の身を斬り裂き、久信の刃は桔梗に傷を与えたはずだ。

その証拠に、久信の左肩に新たな血が滲み、桔梗の腕からは血が滴っている。


――しかし。


「随分、息が切れているな。二番隊隊長さん」

「、っ!」

桔梗がいくら久信より体力が劣るとはいってもこの差は、明らかにおかしい。息ひとつ荒げずに涼しい顔をしている久信に対し、桔梗は肩で息をしている状態だ。


しかも、久信の動きにまるで隙というものがない。

普通、人間であれ獣であれ、怪我を負った部位を庇うものだ。しかし、久信にはそれに対する隙がまったくない。


「さっさと俺を倒してみろ」

飄々とそう吐き、久信は喉の奥で笑った。


「急ぐんだな。――俺に勝たなければ、お前の大事なやつらは皆、死ぬぞ」

「!」

「とは言っても、お前では俺を殺すことは敵わないがな」

久信は前を肌蹴けさせると、腰帯から小太刀を抜いた。それは、ギラリと狂暴な光を放った。

桔梗は眉間に皺を寄せる。


「? 何を、」

「――いいことを教えてやる」

ピタリと刃を自分の首筋にあてがうと、久信は口端を吊り上げた。


「――…俺"達"はな、」


……死ねないんだ。


「!」

何を思ったか、久信は刀の柄を強く握り、そのまま刃を滑らした。皮膚を深く斬る、恐ろしい音が響く。

ぽたりぽたりと白刃を伝って、溢れ出した赤黒い血が柄を、それを握る久信の手のひらを、真っ赤に染めた。

桔梗は息を呑んだ。目の前で起こった出来事が信じられず、目を疑った。


「お、お前…、」

「試しにこのまま、首を刎ねてみようか?」

久信は愉しげに笑った。ぬらぬらと不気味に光る首筋を空気にさらしながら。

桔梗は胸の奥が恐怖に震えるのを感じた。


――この男は、バケモノか。痛みさえ感じず、おびただしい血を流しても死なずに、息ひとつ乱さないでそこに立っている、人の姿をした化生だとでもいうのか。

一体、この男、否、得体のしれないモノは何を考えている?


「……わからないって顔をしているな」

久信は首筋から血を滴らせ、襟元を朱に染めながら、口端を吊り上げた。

「俺は、人の姿を騙ったバケモノなんだよ!」

狂ったように笑い、久信は地面を蹴った。からん、と小太刀が手から投げ捨てられて、音を発てる。

「っく、!」

恐怖を何とか振り払い、桔梗は久信の凶刃を受けた。手から滑りそうになる柄を強く掴み、懐へと飛び込んできた久信の刃を押し返す。


「……甘い」

久信は上唇を舐め、足で桔梗の腹を蹴り上げた。防ぐので精一杯だった桔梗は見事に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「っ、ぐ…あ……っ…!?」

久信はそのまま、躊躇うことなく、桔梗の肩口に刀を突き刺した。肉を刺す鈍い音が桔梗の鼓膜を震わせる。

桔梗は声にならない悲鳴を上げた。肩口から血が溢れ出し、崩れかかった壁を伝い、太い線を描く。


「――お前は、弱い」

「!」

呻く桔梗の耳元で、久信は囁いた。


「な、に…を、!」

「……通りで、あの女に執着するわけだ」


――守ってやったと、そう思いたいのだろう?

かっと桔梗の頭に血が上った。力任せに払った刀が久信の着物の前を切り裂いて、音を発てる。

肩で息をしながら、桔梗は声を荒げた。


「っ、減らぬ口だ…! その口、利けぬようにしてやろうかっ」

「ふ…。よく、吠える」

久信はせせ笑い、刀の血を払った。

桔梗はうまく力の入らぬ手に全神経を集中させ、構え直した。えぐるように刺された肩の傷が鋭く痛んだ。


今に戦闘が再開されようとした、次の瞬間、地を揺るがすような音が轟き、空が割れた。――否、天が赤い閃光で真っ二つに断たれたのだ。

久信の顔色が変わった。

「……まさか…、あれが破られただと?」

「これは…、」

「――お遊びは一旦、終いだ」

そういうやいなや、久信は高く跳躍して屋根の上に飛びあがった。そして、そのまま韋駄天のごとく、駆けていく。


「! ま、待ちな、」

「――桔梗!」

久信の後を追って駆けだそうとしていたところへ、遠くから玄が走ってきた。桔梗に負けず劣らず傷だらけで、何より源能斎から以前受けた傷が開いて、胸に巻いたさらしが赤く染まっている。

額に脂汗を流しながら、玄は口を開いた。

「あの赤い閃光…。それを見た先生が血相を変えて、暁の社に向かったよ」

「! まさか!」

桔梗は息を呑んで、天を仰いだ。彼らの向かったであろう暁の社。それは神城らが向かったあの神社のことだ。

桔梗は刀を鞘に戻し、怒鳴った。


「――行きましょう!」

「君に言われなくても、そのつもりだよ…!」

桔梗と玄は競うように駆けだした。










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