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『……綾之助様は、雅景様のことをどう思っているのですか?』


一度、卍に聞かれたことがある。兄である雅景をどう思うのか、と。


当時、そう聞いた卍に他意はないと思っていたが、今思えば、自分の答えようによっては卍が綾之助暗殺へ動くのを早めていたのかもしれない。



『? どうって?』


そう無邪気に聞き返した綾之助に、卍は何でもないと笑って誤魔化した。


幼い綾之助にとって、兄は憧れの対象であり、目標であった。いつか、こうなりたい、ああなるんだという密かな決意の先に、いつだって兄がいた。


……今思えば、そんな純粋な思いではなかったのかもしれない。心のどこかで、恵まれた兄を妬む気持ちも少なからずあったはずだ。




……


忌み子として、牢に入れられた自分とは対照的に、自由気ままに暮らす兄。


慕われる兄。




――兄は愛されている。けれど、自分は……?



そうだ。居場所なんて、ない。いつだって、それは兄の物で、自分の物じゃない。兄に与えられなければ、自分の周りには何もない、何もいない――












「――"綾之助"くん」


その呼びかけは、綾都を我に返らせるには充分だった。
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。動揺を悟られぬように綾都がゆっくり振り返ると、そこには見知った男が立っていた。



「……どうやって、入ったの?」


男は口端を吊り上げただけで、答える気はないようだった。


この境内のまわりを一周するように強力な結界が囲っており、更に、見付からぬよう血の契約による人払いの呪をかけてある。破ることなど"ほぼ"不可能だ。


男は小さく笑って、口を開いた。



「大将さんがぼうっとしてちゃ、駄目だよ。……もうとっくに事は動き出してるんだからさ」


そこでようやく、綾都は気がついた。いつの間にやら夜が明け、朝になっている。


刀の据わりを正し、立ち上がった綾都の後ろに男がぴたりとついてくる。綾都は足を止め、振り返った。



「……何のつもり?」

「もしかしたら、僕が必要になるかもしれないと思ってね」

「……」


この男の言う意味が綾都には全く理解出来なかったが、そのまま男を従えて歩き出した。



「――本当によく働いてくれたよ、君達は」


遠くに想いをはせ、呟くように男は言った。その言葉に再び、綾都の足は止まる。
綾都の声音に、微かな緊張が混じった。



「……どういう意味? まさか、」

「え? ああ…、違う違う。だから、用済みって訳じゃあないよ」あはは、と男はおかしそうに声を上げて笑った。そして、ふと手を気だるそうに持ち上げ、綾都の右腕を指差した。



「……それ、止めてくれないかな?」

「……」

「、物騒だなあ」男の唇から苦笑が漏れる。


綾都の手は抜け目なく、刀の柄に添えられていた。男は肩をすくめると、悲しい顔をした。



「君とは仲良くやれると思ったんだけど。……まあ、いいか」


仕方ないね、と一言言うと、手を伸ばして綾都の頭を軽く撫ぜた。綾都が少し身を揺らして、その手から逃れる。



「何だよ、もう。――じゃあ、刀のこと、よろしく頼んだよ」

「……、」

「――大丈夫、分かってる」だって、約束したからね、と綾都が言葉を発する前に、男はにこりと笑って、受け合った。




……


君が望んだ、全てのものをあげる。


それが、僕と君の約束。




綾都は男から目をそらし、戸に手をかけた。そして、中で鬼の使者が待っているであろう、その扉を開けたのだった。







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