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君と初めて会ったのは、美しい満月の夜だった。
『皆は、貴方のことを赤鬼と仰います。――けれど、私には、』
……
ただのひとにしか見えないのです。
『――それは、おかしいことでしょうか?』
自分を見つめるその凛とした、目を綺麗だと思った。
店の芸者の中でも、若菜は変わり者であった。踊りの腕は一流だが、言うことなすことが他人と少しずれていた。
……が、それは彼女の生来の無邪気で、真っ直ぐな性格故であり、不器用な彼女を不憫に思うと同時に、源能斎は己と重ね合わせていた。
猪三郎と違って、愛想もなく頑固な自分は政府にとって鼻つまみ者である。仲間でさえ、源能斎を赤鬼と評して恐れている。
鬼と恐れられ、心はいつも独りきりだ。それを辛い、寂しいと思う気持ちも、いつの間にか麻痺してしまった。今では考え、触れることさえ、躊躇われる。
『――貴方は、』
源能斎の頬に暖かな物が触れた。それは、まるでそよ風のように撫ぜていく。
『本当に優しいお方です』
若菜は花がほころぶように笑う。それにつられたように、源能斎も微笑んだ。
優しく肩を抱きしめてやりながら――
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――若菜は、もういない。永遠にこの世から消えてしまった。
彼女が泣くことも笑うことも一生、ない。
奴らが、奪った。
理不尽に、彼女を殺した。
源能斎は自嘲気味に小さく笑った。
胸の奥にくすぶり燃え盛っているものは、間違いなく、憤りだ。しかし、どうかしている。ずっと思い出すことさえしなかったのに、どうして今更、彼女を思い出すのか。
確かに、源能斎の運命が狂ったきっかけは彼女の死だ。だが、それはただのきっかけであって、源能斎自身が望んだことだ。
人を人と思わぬ鬼の器だけを探し求める化物。それが、真の己の姿だと。
……
何も感じぬ、非道な鬼。
血に酔い、血を啜(すす)り、狂うた鬼になれと闇が囁き、嗤う。
『……あんたが怨み、憎んだこの世が…』
『無様に滅び逝く様を、見たいと思わない?』
「――源能斎」
己を呼ぶ声に、脳裏をふとよぎった少女の脅えた顔を振り払った。
「……時間よ」
「、うむ」姫乃をちらりと一瞥し、源能斎は一つ息を吐くと、立ち上がった。目を開けた瞬間、朝日で目がくらむ。
(――若菜に似てなど、おらぬ……)
消えぬ残像を振り払い、朝日を睨むようにして見つめ、源能斎は歩き出した。
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