……うっすらと明るくなり始めた空。
とうとう夜明けがやってきたのだ。
「……どうあっても、気に入らないみたいですね」
いい加減にして下さい、と痺れを切らしたように桔梗が言った。
動きやすさを重視した、普段と違う格好している。頬に流れるように垂らしている髪もきりりと結われ、初陣に臨む若武者のようだ。
桔梗はため息をつきながら、腰帯に差した刀の据わりを直し、声を潜めた。
「何度も言うように、貴方と狼じゃ目立ち過ぎるんです」
「……。君だけでも十分、目立つんじゃない?」
呆れ返って、桔梗は額を押さえた。
寝間着代わりに着ていた着流しから着替え、火焔隊の半纏を羽織った玄は目を細めて、他人事のように頬杖をつく。……大人が屁理屈をこね始めると、口が達者な分、駄々をこねる子どもより質が悪い。
妖刀を取りに行く役目は、狼と神城が、引き付け役には桔梗と玄に決まったのたが、玄は、組分けがどうしても気に入らないらしい。
「疾風隊総隊長ともいえる狼と火焔隊隊長の貴方が一緒に行動したら、明らかに怪しいでしょう…?」
「僕は引き付け役なんて、まっぴらだよ」
「玄の字……」
何を考えているのか、と桔梗は玄の顔を見つめたが、玄は嫌味な笑みを口の端に浮かべて全く取り合おうとしない。
そこへ、いい加減出発しただろうと玄関の様子を見に来た神城が目を丸くした。
「? 何やってんだ?」どうやら揉めているらしいと察した神城がいそいそとこちらにやって来た。
桔梗は申し訳ないやら情けないやらで、頬を少し染めた。
「組分けのことで、玄の字が……」
「――ああ、まだ納得してねェの」
神城はあっさり、そうかと頷くと泣いている幼子を落ち着かせるように、玄の頭を軽くぽんぽんと叩いた。
一瞬の間の後、素早く神城の手をがっちりと捕らえ、玄は不機嫌そうに睨んだ。
「――ちょっと…、何なの?」
「ん? 落ち着かせようと思ってさ」
「……はあ?」
玄が間の抜けた声を上げた。瓢々としてふざけているような神城の態度は、いつもの彼らしくない。……どちらかといえば、狼のそれに似ている。
神城は、玄の手をやんわりと振り払うとニッと笑う。
「心配すんな。……狼に絶対、無茶はさせねェ」
「! ……あのね…、」
「俺に任せろ」
全く話を聞かない神城に、玄の眉間にうっすらと皺が寄る。それを見た桔梗はやれやれ、と首を振った。
……
どうやら、狼を心配しての我儘であったらしい。
それを神城に読まれたのが納得のいかない玄は、神城の頬を思いきりつねった。
「っ痛! いだだだ!」
「――生意気言うんじゃないよ。……神城のくせに」苛立ちに任せて捻りを入れ、散々神城の頬をいたぶった後、玄はようやく頬を離した。
痛々しいほど赤く腫れ上がった頬を押さえ、神城はすっかり涙目である。
「な…、何すんだよ! 玄の字!」
「……今日は、これで勘弁してあげるよ」
「きょ、今日はって…!」心狭過ぎだぞ、お前…と痛そうに頬を擦る神城を玄はふんと鼻で笑う。明らかに楽しんでいる風だ。
玄は半纏に紐をかけ、肩から落ちないようにすると、立ち上がった。
念を押すようにして桔梗に向かって、忠告する。
「――間違っても、僕を気遣うなんてしないでね。はっきりいって、ありがた迷惑だし」
「当たり前です。自分の身くらい、ご自分でどうぞ」
それはまた、冷たいね、と玄はうそぶくと暖簾に腕を通し、かきわけた。
そして、神城の方をくるりと振り返る。
「――それじゃあ、行ってくるよ」
「互いの健闘を祈ります」
「おう。気をつけろよ」
緊張した面持ちで、神城は二人の背にひらりと手を振った。
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