声のした方にヨキと蓮が目を向けると、橋の手前に息を切らした男が仁王立ちしていた。


かなり大柄な男で、両腕には隙間なく刺青が彫られており、目つきも大層悪い。……見るからに、渡世人(とせいにん)という感じだ。


「テメエら! その子に何をしやがった!」

「……」


そして、噛みつくように続ける。今にも殴りかかりそうな勢いだ。


不機嫌そのものの零は、橋の手間ぎりぎりで踏ん張っている男を鼻で笑った。


――成程、良い選択だろう。この男の重さに、橋がもつか微妙なところだ。



「……生憎、かまってやる暇はない。このガキの知り合いなら、さっさと医者に見せるんだな」




……


運が良ければ助かるかもしれない。




皮肉めいた笑みを浮かべ、さらりと蓮は言った。そして、背を向ける。


「――待、」

「ヨキ。止めろ」

「!」


ぴんと張りつめた、鋭い声が響く。すると、目の前で何かが時を止めた。



――やけに堅い、緊張した声音が耳朶を打つ。


目に入ったのは、日の光のような"金色"の髪。そして、両目に巻かれた包帯。


唇を震わせ、墨色の布が肩から滑り落ちるのも構わずに、ヨキは腰に帯びていた太刀を抜いた。


「お前、無礼。……俺、許さない」


見るからに異様な風体をしたヨキと対峙していた男、――杢太郎は背中に冷汗が流れ落ちるのを感じた。



(……こいつら…、なんなんだ?)



――目の前に突きつけられた、白刃。


杢太郎は、この両目に包帯を巻いた青年が太刀を抜いた瞬間、直感したのだ。


この二人組は、戦い馴れている。――否、"斬り馴れている"のだ、と。



喧嘩や乱闘ならともかく、戦闘経験となると殆どゼロに近い。明らかに不利だ。



(……どうする?)



考えなしでむやみに動けば、鋭い殺気を放つ青年の太刀が直ぐ様、杢太郎の命を奪うだろう。


冷めた目でそれを見ていたもう一人が青年の肩を掴んだ。怪我でもしているのか、片目に眼帯をしている。


「その辺にしておけ」

「……」


包帯の青年、――ヨキが太刀をしまう気配は全くない。それどころか、更に強く太刀の柄を握り直した。


「……ヨキ」


ひくり、と整った眉が困ったようにひそめられた。頑な相棒の姿に溜め息をつく。


「――よせ。殺生は控えろと言ったはずだ」

「……でも、」


ヨキが口を開き、何かを言いかけたちょうどその時、杢太郎の顔の脇を何かが勢いよく飛んでいった。


「!」


その何かを避け、ヨキと眼帯の青年は後ろに跳んだ。橋の上に静かに着地する。


ヨキと眼帯の青年、杢太郎の間に転がるそれに三者三様にそれぞれ目を向けた。



――微かに一度、地面を弾んだそれ。


手のひら程の小さな石だった。



地面の砂を踏む、一人の足音が杢太郎の背後に近付いた。……振り返らなくても分かる、感じ馴れた気配に内心ほっと息をつく。



「……悪い。助かった」

「これでも急いで来たんスよ」


杢太郎の横に並んで立った栄吉は小石を上に軽く投げて、首を傾げた。一見、おどけているような仕草だが、目は抜け目なく光っている。


その目が、ぐったりと倒れている鉄をとらえた。


「! ……やっぱ、狼隊長の言った通りだったみたいッスね」


栄吉の声に続くようにして、複数の足音が近づいてくる。……どうやら、栄吉が呼んだ応援の足音らしい。



「いくらあんたらが手練でも、逃げられないッスよ」

「……らしいな」


眼帯の青年が背後をちらりと見やった。眼帯の青年とヨキの背後からもその足音は近づいて来ている。しかし、二人は焦るでもなく、顔色一つ変えない。


「刀をしまえ」


それどころか、ヨキに腰に帯びた刀を戻すように指示を出し、自分は刀を抜くでもなく、よどんだ川の流れを見下ろしている。……はたから見れば、何か考えに浸っているようにしか見えないだろう。


「――…愚かだな」

「何が言いたい?」


杢太郎の問いを無視し、眼帯の青年は静かに口端を上げた。




……


明らかに操り師とは"違う"、謎の青年二人。




緩慢な動作で屈み込み、眼帯の青年は足元に転がる鉄の身体を片手で軽々持ち上げた。力のない鉄の両脇に垂れた腕がだらんと揺れる。


「! てめえ!」

「何す、」


――それは、一瞬のことだった。



ぐん、と勢いよく、鉄の身体が斜め上に弧を描いて"飛んだ"。


「! も、杢っ!」


栄吉の叫び声より早く、杢太郎が動いた。両腕を自分の前に出し、半ば転ぶようにして飛び込んだ。土煙が上がる。


「っ! 危ねェ…」


鉄の身体が地面に叩きつけられる前に、杢太郎がしっかりと受け止めた。


(……何つー馬鹿力だ…)


疾風隊新人隊士の身体は驚くほど軽かった。とはいえ、"片手"で気を失った人を一人、吹き飛ばしたのだ。……とても人間技とは思えない。



「逃げられちまったッスね…」

「……ああ」


栄吉と杢太郎が鉄に気をとられている隙に、眼帯の青年とヨキはすでに姿を消していた。



「――栄吉! 杢!」

「大丈夫か!」


両側から応援に来たらしい火焔隊隊士らが走ってやってきた。顔を赤くして、息を切らしている。


橋の向こう側から来た火焔隊隊士が何事もなかった顔をしてやって来たところを見ると、あの怪しげな二人とは会わなかったらしい。……さて、どこに消えたのか。


首を振って、杢太郎は立ち上がった。栄吉の肩を軽く叩くと、そっと耳打ちする。


「あの二人のことは後で報告するとして…、今は手当てが先だ」

「……そうッスね」


忽然と消えた二人の青年のことが気にかかったが、事は一刻を争う。


二人は頷き合うと、続々と集まる火焔隊隊士らに指示を飛ばした。








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