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「……んなこと言って良かったのかよ」
「ん?」
さっさと履物を履き、玄関先にいた神城が腕組みをして狼を待っていた。その顔は緊張にこわばっている。
神城に構わず、狼は先に歩き出した。その後を不機嫌な顔で神城は追う。
「おい、狼…」
「……止めたって無駄なら、無茶をするなとしか俺は言えないからな」
「そりゃあ、そうだけどさ」
神城はまだ、不満そうだ。
――鈴鳴を止めようとしたところできっと止まらない。そんなことは、神城とて分かっているはずだ。
神城こそ、普段から無茶ばかりする無鉄砲だというのに、いざ他人がとなるとどうも駄目らしい。狼は苦笑する。
「ま! 鈴鳴なら、大丈…」
「……お前もだよ」
狼は口を閉じ、足を止めて振り返った。
ぎゅっと両拳を体の脇で固め、じっと狼を見つめている。普段の子どものような、拗ねた顔ではなかった。
「何言ってんの。俺が無茶なんかするわけないだろ?」
笑って誤魔化し、先へ進もうとした狼の肩を、いつの間にか側にいた神城が掴んで引き止める。
「……お前、分かってねェよ」
「……」
――全然、分かってない。神城の真剣な目が狼を射る。狼は今まで見たことのない神城の真剣さに呑まれて、黙っている。
「お前と綾都とのことは分かった。過去の因縁も、どろどろしたどうしようもなかった綾都の思いも、……お前のやるせなさも」
狼が口を開こうとしたのを神城は制して続けた。
「……勿論、全部話したわけじゃねェのも分かってるよ。俺逹は、本当に触り程度しか知らねェのかもな」
けど。
「お前が無茶しないなんて嘘、俺逹に通用するって本当に思ってんのかよ?」
「!」
自分は死んでもいい、――いや、本当に死ぬつもりで。
……
綾都の為、そして、俺逹の為に。
「お前が何しようとしてるか、俺逹にはお見通しなんだよ」
「……」
「俺は全力で止めるからな。約束したからさ」
「神、」
狼の肩を掴む手に力が入り、そして、離れていった。
額に巻いた赤布がひらり、と一陣の風に舞う。その姿がやけに勇ましく、大きく狼の目に映った。
少し狼の方を振り返り、静かに言う。
「行こうぜ、狼」
「……ああ」
……ふと脳裏に浮かんだのは、弟のこと。
生まれた時から忌まわしいと言われ、父からは疎まれ恨まれ、癒えぬ傷を負い、今でも救われない心。
その心に影を落とす、自分の存在。
……悪いな、神城…。
――もう、決めたことだから。
不知火の名を捨て、賀竜に弟の行方を調べてほしいと頼んだ、あの時から既に自分の決意は決まっている。
――こうするしか、先に道はない。
……
崩れかかった、朱の鳥居。荒れ果て、荒んだ社(やしろ)。いたるところがひび割れた石畳。
今や廃れ、忘れさられた神の社。
そこに眠る、忌まわしき妖刀。
「……行くぞ」
「おう」
狼と神城は鳥居を見上げ、境内へと足を踏み出した。
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