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「――ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
町から離れ、人のいない小道を歩きながら、いいかな?と玄は首を傾げてみせた。先へと急いていた足を止め、桔梗はいかにも胡散臭そうに振り返った。珍しく、腰に差した煙管をくゆらせていない。ただゆったりと佇んでいる。
「何ですか、一体…」
「桔梗はさ、正直なところ、僕達のこの行動に意味があると思う?」
「……」
桔梗は辺りに目を走らせ、気配がないのを確認した。……玄がそこまで疎いとは思わないが、念のためだ。
一瞥し、桔梗は首を横に振った。
「……殆ど、ないでしょうね」
少しは敵を引き付けることは出来るだろうが、全員とまではいかないだろう。操り師や政府が桔梗や玄の誘導に乗ってくる可能性は限りなく低い。
「――じゃ、なんで了承したの?」
「……玄の字こそ」薄く笑い、冗談めかすように言うと、桔梗は言った。
「……」
「――仕方ないじゃないですか」
「……」
「狼の気持ちを汲んだ。ただそれだけです」
――それに、一応、総隊長の指示です。逆らえませんよ。
そう言うと、桔梗は再び歩みを再開した。玄は何気ない風に、その背に問いかけた。
「――静香のことはいいの?」
「……。しなければならないことが先ですから」
少し歩みがぶれ、躊躇うような間が空いた。流石に意地悪だったかなと、玄は隠れて苦笑する。
……
真面目なのも、辛いねえ。
誰もが玄のように、流れに身を任せて生きられるわけではない。辛くても苦しくても流れに逆らうしか出来ない人間もいる。
人それぞれ、自分を通す生き方しか出来ないのだ。
……
桔梗には桔梗の、玄には玄の生き方が。
――狼もまた、そうだ。不器用な生き方しか出来ない。それしか知らない。
誰しも悩みに悩んで決めた答えに、身を斬られるような思いで立ち向かっている。
……
逆らう術(すべ)も知らずに。
ふと桔梗が立ち止まった。玄も歩みを止め、腰にある刀の柄に手をやった。
油断ならない空気が漂う。
ちょうど背中合わせになりながら、玄が口を開いた。
「――桔梗。何か来るよ」
「分かってます」
辺りを睨むように見渡し、桔梗もまた刀に手をやった。その時、ふわりと木から葉が一枚落ちた。――地面に長く落ちる、影。
「……ようやく、来たか」
――随分、遅かったな。木陰で地面を擦る足音がして、男が現れた。
見た目は浪人風の優男だが、冷たく鋭い目をしている。既に抜き放った刀を緩く脇に垂らしているものの、隙が全く感じられない。
玄と桔梗は、直感的に敵だと察した。
一方、男は首の後ろをかきながら、何やらブツブツ言っている。
「――まあ、興の前座くらいにはなるか」
「この僕が前座? 随分、言ってくれるじゃないか」
「?」
目線を上げ、男は初めて玄と真っ向から目を合わせると不愉快そうに顔をしかめた。
「――ああ、片腕の玄の字か。で、隣の別嬪は誰だ?」
「疾風隊二番隊隊長、桔梗。……貴方こそ、名くらい名乗ったらどうですか?」
桔梗は抜いた刀の切っ先を男に向け、冷たく言い放った。――が、男はちらりと見やっただけで、全く顔色を変えない。それどころか、口端を少し上げ、微笑んだ。
「――ああ、あの煩い女の連れか。確かに女みたいだな」
浪人風の男は鼻で笑い、肩をすくめた。明らかに、桔梗の顔色を窺っている。
それを聞いた桔梗は目を見開き、今にも走り出して男の胸ぐらを掴みそうなほど動揺しているのを、何とか抑えている。
玄は首を傾げ、とぼけた。
「女? 一体、誰のこと?」
玄を無視し、久信は桔梗を見つめ、目を細めた。
……
あの女なら、俺が"殺した"。
「桔梗、だったか? お前の名前を呼びながら死んでいったぞ」
「……」
ひくり、と桔梗の喉が鳴る。刀の揺れが止まり、静止する。
「……殺した…?」
「、あ……」
男が答えようとしたその時、桔梗は既に地面を蹴り、前に飛び出していた。無防備な懐に飛び込み、横一文字に一閃する。
――金色の火花が散った。間一髪で、男の刀が桔梗のそれを弾く。
仕留め損ねたと悟った桔梗は一旦、後ろに退いた。
「……ちょっと、」
玄はやれやれとため息をついた。
「挑発に乗ってどうするの」
「……馬鹿言わないで下さい。乗ってあげただけです」
玄の予想に反して、桔梗は不機嫌そうな顔はしていたが少しも動揺してはいなかった。
「……なんだ、気づいてたの」
「当たり前です」
じろりと玄を睨めつけた後、桔梗は不機嫌そのもので男に向き直った。
「作り話ならもう少し凝った物に下さいね。三流四流もいいとこです」
「ハッ! それは悪かったな」
男は、喉の奥で笑うと、刀を構えた。
「あの女は無事だ。……まあ、今はな」と意味ありげに付け足すと、切っ先を桔梗に向けた。
「――さて、愉しい宴はまだ始まったばかりだ。楽しもうぜ」
「勝手なことを言わないで下さい。僕達は忙しいんです」
「言うね。……まあ、ただで通してはくれないだろうけど」と玄は笑うと、視線を辺りに走らせ、大声で言った。
「近くにおられるんでしょう? ――先生!」
「……死に損ないが、よう吠えるのう」
ゆらりと源能斎が姿を現した。長細い刀を引っさげ、眉間の深い皺を更に深くして玄を睨んでいる。
「見苦しいぞ、玄之助」
「何とでも」
玄は薄く笑い、源能斎と対峙した。
「――桔梗、その男は任せたからね」
「ええ」
桔梗は頷き、男と対峙した。
「ククッ、赤鬼のご登場か。こりゃあ、面白いことになってきたな…」
「――久信、でしたか」
小さく声を上げ笑っていた男、久信が桔梗の声にぴくりと反応した。笑うのを止め、久信は舐めるように桔梗の全身を見ると、肩を鳴らした。
「てことは、俺はお前と戦うのか。少しは楽しませてくれよ」
「――貴方は、僕の大事な人を傷つけました」
久信の問いには答えず、桔梗は淡々と続けた。
……
何よりも誰よりも大事な、優しい彼女を傷付けた。
――その罪は重い。
「――俺は、許さない。絶対にだ」
「へえ?」久信は口端を吊り上げた。
――二つの戦いが、
今、ここに始まった。
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