――風を斬る音と、銀色の鋭利な瞬き。
今に、狼と神城の二人を引き裂こうとした無数の刃は、次の瞬間、凄まじい轟音と共に吹き飛ばされた。
「! な、に…、」
賀竜は目を微かに見開き、後ろへ退いた。
突然、何が起こったのかわからなかった。
地を裂くような音と濃い土煙と共に、爆風が起きたのだ。
「……一体…、」
ゆっくりと土煙が晴れてゆくと、二つの影が灰色の靄(もや)の中から現れた。一つは、尻餅をつくように後ろへ倒れこんだ状態で、もう一つは呆然と立ちすくんでいるようだった。
いつの間にか、狼の刀は下に落ち、その手は今にも引き抜こうとするように、かの妖刀の柄をしっかりと握っていた。
「っ…、狼!」
跳ねるように立ち上がった神城が無理矢理、狼の手から刀をもぎ取った。そして、力強く左頬を張り飛ばした。ぱしん、と、乾いた音がする。
「っ、馬鹿! しっかりしろ!」
「……か、神城?」
どこか呆けたような狼が我に返った。赤くなった左頬に構わず、自分の両手に目を落とし、唖然としている。
「――…声が、」
「声?」
「声がしたんだ」
「何を言、」
「……話をする暇などないはずだが?」
賀竜の冷たい言葉が響いた。キリキリ、と弦が引かれる耳障りな音がする。
「、っ!」
まさに、間一髪。神城は狼の腕を乱暴に掴むと、地面を強く蹴り、先程の爆風で倒壊した瓦礫の脇へと飛んだ。
先程まで立っていた位置に、賀竜の操る白刃が深く刺さっていた。
「っ! ったく…、へんちくりんな技を使いやがって…」
神城は額に浮かんだ汗を拭った。
不規則な動きと、目にも止まらぬ早さで繰り出される無数の刃。そのせいで、なかなか賀竜に近づけないのだ。
「……何とかして、あの動きを止めねえと…。――狼! 何かねえのかよ!」
「――一度だけだが、あいつの技を見たことがある」
狼は赤くなった左頬に手をやり、顔をしかめた。地味に痛いぞ、と口の中で愚痴ってから、神城の前に手を出す。
「な、何だよ…」
「悪い。刀、貸してくれ」
顔をこわばらせ、妖刀をかばうように狼から遠ざけた神城に狼は苦笑した。
「違う違う。お前の刀の方」
「?」
狼は、遠くに転がっている自分の刀を顎で指した。……なるほど。まさか、刃が雨あられと降る中で刀を取りには戻れないだろう。
「……分かった。ほら、大事に扱えよ」
「悪いな」と狼は刀を受け取り、瓦礫の後ろからすくっと立ち上がった。
あまりにも警戒心にかける狼の動きに神城が声を上げた。
「お、おい! 狼…」
「――まあ、任せろ」
手をひらりと振って悠々と瓦礫を跨ぎ、賀竜と対峙した。
「……疾風隊総隊長の力がどれほどか、見せて頂こう」
「の前に、賀竜。……いくらなんでも、五対一は卑怯だとは思わないか?」
「! ……確かにな」
賀竜が辺りに目を走らせると、不意に四体の影が現れた。誰もが黒で身を包み、目がかろうじて見える程度で、賀竜と同じく、男か女かさえ定かではない。
「、なっ!」
神城が口をあんぐり開けた。――無理もない。気配一つ、しなかったのだ。
「本来、忍は集団で動くものだが…、ほかならぬ貴様の頼みだ。俺様一人で相手をしてやろう」
「四神衆、か。――久しぶりだな、朱雀」
「……」
狼が四人の内、一人に話しかけたが、四人ともぴくりとも反応しない。ただじっと、賀竜の指示を待っている。徹底的に自らの感情を殺し、どこまでも政府に忠実な下僕なのだ。
「――ここから、貴様らは上の指示に従え」
「……」
風を纏い、四人はあっという間に姿を消した。その姿が消えたであろう先を見つめ、狼が哀しげに顔を歪ませる。
「……あいつら…」
「何を憂うことがある? これが、あいつらの生きる道。……お前に同情され、哀れまれる筋合いはない」
賀竜は冷たく言い放った。
政府に仕える者の運命。その運命から解き放たれたい、そう望む者の先には死しかないと彼等は知っている。……だから、心を殺した。
「そ、そんなの…、逃げてるだけだろうが!」
「……貴様なら、わかるだろう?」
神城の叫ぶような言葉を遮るようにして、賀竜は狼に問いかける。唇がそっと動いた。
……
なあ、鬼風。
「、っ…!」
「全ては犠牲の元に成り立っている。時には自らの心を殺し、鬼と化しても、俺逹は生きる。……何故なら、それでも生き続けたいと望んだからだ」
「……」
「……貴様と俺様はよく似ている。だが、俺様には貴様のような生き方は出来ぬ」
「!」
ほんの一瞬、賀竜の目に哀れむような光が浮かんだ。
賀竜は口元の布に手をやり、ずきんのように頭を覆っていた布を外した。ふわり、と肩につくくらいの長さの薄茶の髪が揺れる。布の下から、涼しげな目元をした、中性的な顔立ちが現れた。
「……貴様とはどこか別なところで会いたかったものだ」
「賀竜…、お前…」
「――忍が敵に顔を晒す意味は、分かるな?」
……
必ず、命を頂戴するという意志を表すのだ。
「……では、参るぞ」
低い呟きと共に、キリキリ、と再び、弦が泣くような音が辺りに木霊した。
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