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荒れ果てた人気のない境内は耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。ところどころ大きく割れて砕けた石畳は足の下で音を発てる。


苔でも生えたような色の屋根を見やって、神城は呟いた。


「しっかし、人がいなくなったってだけで酷ェ荒れようになるもんだよなあ…」


大量の砂埃がふわりと風にのっていく。二人は吸い込まないように、腕で口元をかばった。
廃れ潰れてまださほど時は経っていないはずなのに、何百年と経ったかのような見事な荒れっぷりだ。


狼は大分傾いた鳥居を見上げた。



「ここに、かの妖刀がな…」

「……まさか、曰く付きのバケモノ刀が御神体扱いされてるなんて思わなかったぜ」


狼と同じように鳥居を見上げて、神城は目を剣呑に細めた。



独眼の喜一の話によると、役人を祟り殺した、かの妖刀は、昔の立派な面影など見る影もないこの神社の神主に預けられ、その後、神主によって"御神体"として本殿に納められた。……その神主もまた、ある日突然発狂し、姿を消してしまった、という。



「……刀に、魅入られたってか」


ぼそりと呟いて、神城は狼に疑うような、鋭い目を向けた。狼はきょとんとして瞬きすると、神城の言わんとすることを読み取り、肩をすくめて苦笑した。


「おいおい、神城…」

「知・る・か。――なら、心配かけんなっつーの」


不機嫌そうに鼻を鳴らした神城は勢いよく、太股の辺りを叩いて先に境内の奥に進んでいく。狼も苦笑しながら、後に続いた。











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二人は鳥居をくぐり、ゆっくりと辺りを見回した。


境内の奥に進めば進むほど荒れ方が酷い。太い柱が途中から折れて、今にも倒壊しそうな御堂に、黄ばんで破れた障子の木戸。それら全ては、どことなく埃をかぶったような濁った色をしていた。


「本殿がこっちだってことはー…」

「――荒れくれ者の火焔隊も流石に、神の領域とやらまでは手を出せなかったからな…」


――そう、だからこそ、妖刀は今まで見つからなかった。いくら古びて忘れさられた神社でも、確かに深い信仰の元に、人々によってずっと守られてきたから。


だから、誰であろうと手を出すことは出来なかったのだ。



「……よし。ここ、だな」

「おう」


ぴたり、と、狼と神城はとある御堂の前で足を止めた。よくありふれた形の小さな社に、濁った灰色の巨大な鈴がついている。段が低く、二つ三つしかない段差をゆっくりと踏みしめるだけで、大きく亀裂の入った床が軋んだ。


薄汚れた観音開きの戸に手をかけると、破れたお札が剥がれかかっているのが目についた。――絶対に入るな、と言いたげな戸に微かな緊張が走る。
後ろからにゅっと手が伸びて、戸を押して破り取った。


狼の脇を通り過ぎて、神城は御堂の一番奥に踏み込んだ。



「……これか…」


神城は拳を握り、忌々しいものでも見たかのように呟いた。




……


すっかり日に焼けて、薄汚れてしまった掛軸の前に鎮座する一振りの刀。




下に敷かれた紫紺の布が柔らかな光沢を放っていた。目に鮮やかなその色がやけに禍々しく感じられる。


神城は刀の前に屈み込み、そっと手を伸ばした。


「っ、神城…!」


狼の切迫したような声に、神城はぎくりとして手を止めた。そして、屈めていた腰を伸ばして立ち上がる。


「心配すんな。大丈夫だって」

「……俺がやる」

「ろ、」


止めようとした神城を目で制して、狼は刀の前に屈み込んだ。迷いを断ち切るように素早く、妖刀の刀身を掴んだ。



黒漆を丁寧に塗った鞘が心地よく、しっくりと手に馴染んだ。鍛えられた金属の、ずっしりとした重さが心の臓をひやりとさせる。


緩やかに弧を描いた凶暴な刃は、狼や神城の腰のものと何ら変わりない。


――故に、恐ろしい。



敷いてあった紫紺の布で刀身を包むと、狼は妖刀を手にゆっくりと立ち上がった。


「……行こう」

「おう」


あっけなく手に入った夜叉車を携えて、二人は御堂を出た。




……


生温い風が一つ、




「、っ!」

「……お前は…」

「――その刀、」


まとった黒衣がふわり、とはためいた。見知った切長の目が、静かに妖刀を見据えている。


「こちらに渡してもらおうか」

「っ、賀竜…!」








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