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ピンと張り詰めた空気が辺りを包んでいる。周りの微かな音がやけに大きく聞こえてくるほどだ。
「――桔梗、」
「何ですか?」
玄は源能斎にじっと睨むような目を向けたまま、続けた。
「悪いけど、その男のことは任せるよ」
「……一応、病み上がりなんですから、くれぐれも無理はしないようにして下さいね」
「あのね、僕を誰だと思ってるの?」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せる玄にあっさりと桔梗は言った。何を言っているんだ、とでも言いたげだ。
「自分のこととなると見えないのはお互い様でしょう?」
「……さっきも言ったけど、余計なお世話だよ」
玄はひらりと半纏を翻し、小さく後ろを振り返った。
「――先生。場所を変えましょう。ここではゆっくり話も出来ない」
「……いいじゃろう」
源能斎は一つ頷いて、了承すると玄の後を追った。
残された桔梗は静かに刀の構えを直し、久信と対峙した。久信は意味ありげに口端を上げ、桔梗の出方を伺っている。
久信は刀の切っ先を下に向けたまま、口を開く。
「お前がどれほどか見てやる。遠慮なく来い」
「……何を、」
少しは楽しませてくれよ、と本当に愉しげな笑い声を久信は立てる。桔梗の背に悪寒が走った。
いっそ純粋といえるほど真っ直ぐに、久信は愉しんでいるのだ。……この状況を、戦うということを。
幼い時から戦うことを植え付けられてきた桔梗でさえ、躊躇い迷い、戦うことを忌み嫌う。出来るならば戦闘を避けたいと願う。
――しかし、久信は違った。
……
久信には戦闘狂とはまた違う、狂気がある。戦うことに対する、悦びがある。
血に飢えた獣のような目の奥に、一体、何が潜んでいるのだろう?
上唇を舐め、焦れたように久信は口を開いた。
「大した余裕だな。……お前らにはもう時間がないっていうのに」
「? ――どういう意味だ?」
鋭く桔梗が聞き返すと、久信は小さく首を傾げた。
「……なんだ、本当に何も知らないのか。――あの妖刀、夜叉車のいわれも伊達じゃない。元々は人間が作り出したものだが、あの刀はすでに人間が持つような代物じゃなくなってる」
「……何が言いたい?」
「綾都が触れるのが早いか、お前らの誰かが触れるのが早いか。どちらにしろ、刀に触れた者は、最期にはあの馬鹿な役人のように狂い死ぬ…」
「!」
息をのみ、桔梗は目を見開いた。背筋を冷たいものが伝う。まさかという思いが胸の奥で深くよどんで落ちて行く。
「さて、お喋りもこの辺にしとこうか。――さ、来いよ。疾風隊二番隊長さん」
「……お前を倒して、」
桔梗は何かを考え込むように一度、目を閉じると、刀の柄を強く握った。
「咲さんの居場所を吐かせる。それが僕が今、優先すべきこと――」
「……ご立派な隊長さんだな」
久信がせせ笑う。それを無視して、桔梗は静かに地面を蹴った。
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