鉄を打つ金槌の音がする。いつか聞いた、火のはぜる音が脳裏をよぎる。
男の仕事場だから入っては駄目だとよく叱られた。身を案じてくれているんだとわかってはいたけど、何だか自分だけ仲間外れにされたみたいで寂しかった。
「――おひ、」
「咲。せめて戸口で待ってなさい」
もうお昼だと言い終わる前にやんわりと遮られた。まだ日中だというのに、こうこうと明るい火を背にひょろりと高い影が苦笑している。
「まったく…、いつも言っているのに」
「……ごめん、なさい」
肩を落としてうなだれる咲に、額の汗を拭って外へと背の高い、痩身の影が出てきた。頭に染め抜きした手拭いを被っている。
曇っていた咲の顔がぱっと晴れた。
「は、春久(はるひさ)兄さん。今日は家で食べるの?」
「? だって、その為に来たんだろ?」
咲の兄である春久は手拭いをほどき、ふわりと笑ってみせた。優しげな眼差しがますます柔らかくなる。
父の鎌之佐と自分が仕事にかかりきりになれば、咲はひとりぼっちだ。それを気にしてくれたらしい。
「父さんは仕上げの段階に入ってるから、後で握り飯でも差し入れような」
「はいっ!」
咲は張り切って頷いた。そんな咲の額を春久は指先で小さく小突く。
「また張り切り過ぎて、無駄にするなよ?」
「うっ」
咲は小突かれた額を押さえ、真っ赤になった。すっかり焦がしてしまい、折角の食材を無駄にしたのは、ついこの間のことだ。
「こ、今度は気をつけます…」
「そうしてクダサイ」
春久はくしゃりと咲の髪をかき回すように乱暴に撫でた。そして、その手をふと止める。
「あ、手洗うの忘れてた…」
煤で汚れた手を慌てて首にかけていた手拭いで手を拭い、咲の髪についた煤を払う。
「あちゃー…」
「もう、春久兄さんったら!」
「ごめんごめん」
咲がぷうっと頬を膨らませると、優しい兄はバツが悪そうに頭をかいた。
……
幸せだったのに。
――一体、何がいけなかったんだろう?
ずき、と頭が痛む。針で刺されたような、鋭い痛みがこめかみから奥へと突き抜ける。
『――さあ、思い出して?』
耳元で囁く声。咲が知らない男の声だ。
『君が忘れてしまったことを』
――放っておいて。どうして、放っておいてくれないの。
思い出そうとする度に、直感のようなものが警鐘を鳴らす。嫌だ、思い出したくない、と心が悲鳴を上げる。吐き気がする。
なのに、この声は。
『――君の記憶を、』
……
僕に見せて?
甘く囁いて、無理矢理こじ開けようとしてくる。ゆっくりと絡みつくように、閉じ込めた記憶に手を伸ばしてくる。
一瞬でも気を抜けば、呑まれてしまうような錯覚。
……駄目、今は駄目だ。
「………っ……、」
「――意外としぶといね」
す、と咲の耳元から顔を離して首を傾げた。咲の固くつむった目から涙が溢れ落ちる。
それを男は無感動に指先ですくい、ふっと息を吹きかけて飛ばした。
「別に君の思い出なんかに興味ないんだけどなあ…。僕が知りたいのは、かの妖刀のありか。ただそれだけ」
男の目の奥が妖しく光った。残忍な光が宿る。
「……面倒くさいなあ」
「、っ……!?」
男の手に力がこもる。咲の顔が一層、苦しげに歪んだ。
「――さあ、鬼の使者さん。妖刀、夜叉車はどこにあるの? 早く言わないと、」
……
君が壊れちゃうよ?
じわじわと確実に、咲の精神は限界へと近づいて来ていた。
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