「、っ!」

「神城くん?」

姫乃をあやすように背を撫でていた神城の手がずるりと滑って行く。はっとした姫乃は身体を神城から離す。神城の肌はすっかり色を無くし、その上、触れている神城の身体がやけに冷たい。荒く息する度に上下する神城の肩から鮮血が滴っていた。

――そう、姫乃の毒の付いた刃でやられた傷だ。


神城が顔面蒼白で喘ぎ喘ぎ口を開く。

「ったく…。毒なんか仕込むなよな…、いっ!」

「――喋らないで。死にたいの?」

「……。し、死ぬとか、縁起でもないこと言うなっての…」

「そんなにヤワだとは知らなかったわ」

「けっ! 可愛くねーの」

具合が明らかによくない神城が小さく笑う。姫乃は手際よく懐から出した布を取り出し、傷口に何かを塗りつけた。神城の肩が揺れる。


「いいいいいぃ…!? 姫乃!!」

「――毒消しよ。我慢して」

「……何をしてるんだ、貴様らは」

今の今まで放っておかれていた賀竜が呆れた声を出す。その存在に我に返った姫乃がクナイを構え、神城を庇うように前に出る。


「――勇ましいことだな、姫夜叉」

「神城くんは私が守るわ」

「お、わ! 止めろって!」

慌てて、神城が姫乃の手を掴む。姫乃は驚いて、思わず振り返った。


「こいつはもう攻撃してこねえよ」

「え?」

「あんだけ攻撃できる隙があったのに全くしてこなかったし、今更んなことしねえって」

「――あ、」


――言われてみれば、確かにそうなのだ。

姫乃と神城の会話を待ってやる必要は賀竜にはない。その間に攻撃もできたはずだ。いくら神城が政府の配下にあるとは言ってもしがない小隊の隊長だ。たとえ殺したとしても、賀竜は政府直属の忍だ。死因を都合よく偽ることなどお手の物だろう。


「……何のつも、」

姫乃が怪訝そうに尋ねかけた瞬間、目の前を閃く何かが通り過ぎて行った。


「!」

「っ、あは…あはははっ」

――身がすくむような殺気と、嘲りを含む嗤い声。

それに次いで遮るように、怒鳴り声が響く。


「そこから動く、なっ!」

不意に視界が陰る。そして、耳触りな金属音が神城と姫乃の鼓膜を震わせた。

色素の薄い特徴的な髪色と朱の羽織が舞う。


咄嗟に動けなかった姫乃と神城を庇うようにして、刃を合わせていた影が誰かを察した神城が叫ぶ。

「――玄の字!」

「こんなところで油売ってる暇があるんなら、……はあっ!」

渾身の力で相手の刃を跳ねのけ、玄は額の汗を乱暴に拭った。


「この状況、何とかしてくれない?」

「お、お前! 絶対、傷開いてんじゃ…!」

体中の至る所の皮膚が裂け、血が滲んでいる上に、さらしを巻いた胸までも赤く染まっている。玄は大きく息をつき、刀の柄と自分の左手を結わえながら鼻で笑った。


「そんなこと、どうでもいいよ。それより、」

「そ、そんなことって、お前な!」

「――あ、綾ちゃん…?」

姫乃の震え声に神城は言葉を切った。明らかな怯えと恐れが取れる声に、姫乃の視線の先へと目がいく。


そこには

――赤い、修羅が立っていた。





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