「す、ずなり、さん……?」
そう呟くように尋ねた咲の方を、鈴鳴は見ようともしなかった。その代わり、鈴鳴は咲を抱き寄せた腕に力を込める。
咲は言葉を失って、半ば呆然と鈴鳴を見上げた。見上げた先にある鈴鳴の顔は酷く険しく、それでいてやけに冷めたように表情がなかった。少なくとも、咲が今まで接してきた中で、触れてきた彼の顔はそこにはない。
咲の目に映る、青白い頬にかかる彼の髪が酷く鮮やかだ。夕焼けの色に染まったかのような、――いや、血でも吸ったかのような赤色。目も、髪も全て。
現実ではないのかもしれない。咲は一瞬、そう思った。だがしかし、頬に当たる包帯と血生臭さが現実であることを咲に容赦なく告げる。
(……一体、何が起こっているの?)
鈴鳴に掴まれた手が痛い。確かに鈴鳴であるはずなのに、胸の内に芽生えたこの畏怖に似た感情は何なのだろう。どうして、――怖いと思ってしまうのだろう。
「――赤鬼。儂より貴様こそ相応しい呼び名じゃの。小僧」
源能斎は目を細め、喉の奥でくつくつ笑う。鈴鳴は沈黙したまま、源能斎を静かに見つめていた。
そして、肌を刺すような沈黙を守っていた鈴鳴が低く唸る。
「…………言いたいことはそれだけか」
「娘を守る為、本性を現すとは情に落ちたか。――バケモノよ」
――バケモノ。そう、源能斎が冷たく言い放った瞬間、鈴鳴が動いた。咲が自分の元を鈴鳴が離れたと気が付くころには、鈴鳴は既に源能斎との距離を詰めていた。
鈴鳴の目が冷徹に光る。激昂に駆られたでもなく、そうするのが決まっていたかのように刀を振り上げる。
「すっ……、駄目!」
咲が叫んだが、遅かった。鈴鳴はそのまま、躊躇うことなく刀を振り下ろした。一瞬の静寂の後、生暖かいものが鈴鳴の頬と袖を濡らした。
――源能斎の右腕を刎ねたのだ。
「ぁあ、あ、ああ、ぐ、ぅ……!」
源能斎は肩口を押さえ、後退した。ばたばたと血が滴り落ちる。
「…………愛弟子と同じにしてやった。さぞ屈辱的だろう、赤鬼」
「っ、貴様……」
「お前はもう剣士ではなくなった。――いっそのこと、楽にしてほしいか」
痛みと屈辱で顔を歪めている源能斎の喉元に、鈴鳴は刀を突きつけた。血に濡れた白刃が静かに揺らめく。
「愛する女の元へ送ってやる。生き恥を晒すよりもその方がお前も幸せだろう」
「…………貴様、に……!」
――愛する女。その言葉を聞いた源能斎の目に獰猛な光が宿った。色を無くした唇が震えている。
「失ったこともないお前に…、俺の、何がわかる……!!」
「――――止めて下さい!」
薄く笑って刀を一閃しようとしていた鈴鳴の手が止まる。鈴鳴の腹の辺りに華奢な腕が回った。
「もう、十分です……やめ、てください……」
「…………何故?」
「そんなこと、しないで。お願いですから……」
「…………俺は……、さ、…く……?」
頑なだった鈴鳴の体からふっと力が抜けた。鈴鳴の手から刀が落ちる。刀が地面を転がった。
暫く荒く息をする源能斎の息遣いしか聞こえない。暫くして、震える鈴鳴の手が咲の腕に触れた。振り返ろうともせず、鈴鳴は呆けたように声を発する。
「――――咲、なのか?」
「そうです」
「そこに、いるのか」
「はい。ですから、もう大丈夫です」
――大丈夫。もう一度繰り返し、咲は鈴鳴の背を包むようにして優しく抱きしめた。ああ良かった、元の彼に戻ったのだと確信して。
……いつの間にか、鈴鳴の髪の色は赤から元の黒へと戻っていた。
[*prev] [next#]
[目次]