……
あともう少し…、もう少しなのに……。
少しばかり欠けている月を眺めた。……今、満月でないことがただただ恨めしい。
今日の内に、鬼の使者に妖刀の隠し場所を問い詰めても良かったが、余計に満月まで耐えられなくなるだけだと諦めた。
苛立ちのままに進めていた歩みを止める綾都の背に、姫乃は軽く息を弾ませ、声をかけた。
「――綾ちゃん」
「……」
綾都はちらりと顔を振り向かせる素振りを見せながら、じっと月を睨みつけた。
「満月は、明日。……僕は、待てないよ」綾都の口から、思わず本音が飛び出した。姫乃の前では、感情を押し殺し冷静でいようとする綾都にしては珍しい。
「あ、綾ちゃん…、あたし……」
「……、ごめん」姫乃が戸惑う気配を察して、綾都はいつもの微笑を浮かべた。
「姫乃を困らせるつもりはなかったんだ。大丈夫、我慢するよ。……それが、あの人との約束だし」
――約束。
綾都とて、忘れてはいない…。
『――指示には従うこと』
あの人との、決め事だ。
あの人の誘いに、自分に向かってさしのべられた手を掴むようにすぐ綾都は乗った。……危険な賭けだと承知の上で。
……
己が蜘蛛の糸にかかった獲物同然だと知った上で。
『――僕は、君達のする事為す事に一々干渉するつもりはないし、好きにすればいいよ。……ただし、』
……
金色の獣の目は、何処までも魅せて惑わす。
『僕の指示には従ってもらうよ…?』
「……僕は…、負けない…!」
綾都はぐっと拳を握り、月に向かって吠えた。
「っ、刀になんか呑まれるもんか…!」
……
月はただ煌々と、嘲笑っているかのように、白銀の肌をさらしていた。
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