俺はあいつの思う通りに動く、玩具に過ぎない。
いつか飽きられ、捨てられるのだとしても、
――それでいいんだ、と俺は嗤う。
………………………………
『……お前を、守るよ』
絶対に――
とても哀しい、夢を見た。
はっと胸がつかれるような、苦しくなるような、そんな夢。
「――咲ちゃん?」
「、……ん…?」
静香に揺さぶられて、咲はどうやら自分が意識を飛ばしていたらしいと我に返った。
ぼやけた視界に心配そうな静香の顔が映る。
「し…、静香さん?」
「大丈夫? 汗、凄いわよ?」
咲が促されるままに額に手をやるとぐっしょりと汗で濡れていた。
「……もしかして、具合でも悪いの?」
「いえ…、」違います、と咲は首を振ると、自分の手を見つめた。カタカタと小刻みに指先が震えている。
反射的に、ぎゅっと手を握ぎりしめた。そんな咲の手を静香はそっと包み込む。
「……お願いだから、無理しないで」
「っ……! 静香さん…」
無理しているのを隠されると余計に辛い、と静香は言った。真っ直ぐな目が咲を見つめる。
数日間に渡って幽閉されていたにも関わらず、自分のことよりも他人の心配をする静香の優しさに心打たれ、咲の唇が震える。
「……わ、私…、正直…怖くて……」
「、うん」
……
これからどうなってしまうのだろう。
自分の行動が元で、疾風隊や火焔隊の皆に何かあったら? 誰かがまた傷ついたら?
それを思うと不安で、押し潰されそうだ。
せきをきったように溢れ出した咲の言葉を聞きながら、静香は咲の頭を優しく撫でた。
「……私や鈴鳴のことなんて、放っておけばいいのに…」
「っ! そんなこと…、」出来るわけがない、と首を振る咲に静香は優しく額をこずいた。
「!」
「まったく…、優し過ぎるのは貴方の方よ。咲ちゃん」
これだから目が離せないのよね、と静香は冗談ぽく笑ってみせた。
「――いい? とにかく、もう無茶だけはしないでね? 貴方を守るのが私達の役目なんだから」
「……はい…」咲は小さく頷いた。
――突然、戸が軋んで開いた。欠けた月の明かりに照らされ、姿を現したのは久信だった。
久信は、咲をかばうように前に出る静香を鼻で笑う。
「……止めとけ。刀さえ持てなくなったお前が、俺と殺り合うのは土台(どだい)無理な話だぞ」
「!」
武器も持ってないことだしな、と唖然とする静香を押し退けるようにして、静香の腕を掴むと無理矢理立たせた。
「ま、待って下さい…!」
そのまま静香を連れて、立ち去ろうとする久信を咲は引き止めた。
「何だ?」
「……静香さんが…、刀を持てなくなったって…どういう意味ですか…?」
ゆらり、と静香の目が薄暗い闇の中で揺れた。
青ざめた静香の横顔を見やりながら、久信は面白そうに言った。
「……あんな怪我で、何ともないわけがないだろう? こいつはもう刀を振るうことすら出来ない、ただの女だ」
「そんな……」咲は息を呑んだ。
……
まさか、静香の怪我がそこまでだったとは。
しかし、よくよく考えれば、何の後遺症もないという方がおかしな話なのだ。
あれほどの怪我で、自由に動き回っているのが奇跡だと静香の怪我を診察した医者はよく言っていた。……それに、本人が無理をしているようなら、動き回るのをすぐに止めさせるように、と。
「、うして……そんな、大事なことを…」
「……っ…! 咲ちゃん…、」ごめんね、と呟くように謝る静香を遮り、久信は腕を強く引いた。
「――分かり切ってることだろう?」静香の耳元に口を寄せ、囁くようにした。
「刀も持てない、ただの女に何が出来る?」
……
こんな、役立たずに何が守れる?
咲は勢いよく立ち上がった。
「静香さんは…、役立たずなんかじゃありません!」
一人で抱えこんで、隠し続けて、きっと辛かっただろう。何も知らないで、ただ甘えていた自分とは違う。
「……ククク…、そうムキになるな」
久信は低く笑うと、強引に静香の腕を引き、この場を去ろうとした。
「……い、」一体、静香をどこに連れていくつもりなのか、と問おうとした咲を遮るようにして、足を止めた久信は口を開いた。
「――源能斎、後は頼んだ」
「……、」
先ほどまで感じられなかった、微かな気配が戸の前に座っているのが分かった。ぞくり、と咲の背筋に悪寒が走る。
しゃがれた声が戸の裏から響いた。
「……貴様に命令される筋合いなどないはずじゃが?」
「――何とでも言え」久信は肩をすくめ、半ば呆けたような静香を引きずるようにして出ていった。
「待っ、」
咲が久信を追いかけようと戸に手をかけたその時、何か細い銀色の物が目の前に差し出された。
「……大人しくしておれ、鬼の使者」
「!」
目の前に突きつけるようにして揺れているのは、針のような刃であった。触れるか触れないかの位置でさ迷うそれに、咲は後退した。
じっとりと、冷や汗が吹き出す。
「……それで、良い」骨と皮だけのような手が引っ込められ、刃が消えた。
刀を鞘にしまう音がする。
「あれは読めぬ男じゃが、儂と違って狂うてはおらぬ…。何をするにしろ、命までとることはあるまいよ」
「……もし…、静香さんに何かあったら…」
「――それより、鬼の使者よ」
ぎしり、と大きく軋んで、戸が開かれた。咲は部屋の奥へと一歩下がる。
「……己の心配をした方がいいと思うがのう」
「……」
戸の隙間から差し込む光に咲の青白い顔が照らされた。その瞬間、源能斎の目に微かな動揺が走った。
……しかし、それはわずか数秒のこと。
微かな動揺は直ぐにかき消えた。
『――源能斎さま……』
『私は、大丈夫ですから…』
『どうぞ、お気をつけて……』
……
彼女のことなど、とうに忘れていると思っていたのに。
源能斎は目をつむり、首を振った。
……
そうすれば忘れられるとでもいうように。
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