――薄暗くなりつつある空を見上げる影が一つ。


この辺では見かけたことのない洋装で、明らかに裕福そうな身なりをしている青年だ。薄暗くなれば、山賊が出ると噂されている町外れだというのに、刀も帯ず、不用心といえば不用心である。


夜に備えて、つけられたゆらゆらと揺れる旅籠の明かりを一瞥し、何気ない仕草で振り返った。



後ろに控えていた人影の持っていた提灯によって、青年の顔がはっきりと浮かび上がった。


「……明かりを消せ」



煩わしいとばかりに、青年は顔をしかめ、明かりから顔を背けた。右目に眼帯をしていることがよく分かる。


「大体…、そんな明かりがなくたって見えるだろう?」


提灯をさげていた人影がちょっと首を傾げた。こちらは異様に長い前髪に、両目に包帯を巻いた、見るからに異様な風体をしている。



「? 蓮は何、怒ってる?」


片言の言葉が包帯の青年の唇から紡がれ、ゆらゆらと明かりが揺れた。



「……怒ってはいない」眼帯の青年、蓮は明かりを取ると、吹き消した。辺りは先ほどの薄暗い空間に戻った。


「――ヨキ、"匂い"はするか?」眼帯の青年に、ヨキと呼びかけられた青年は空気を嗅ぐようにして鼻を鳴らした。



「……嫌な、匂い…する」暫くして、ヨキは表情の読み取りづらい顔をうつ向かせ、威嚇する猫のように唸った。


「神鬼(じんき)の匂い。喜んで、る……笑ってる……、――…後は、血の匂い」



蓮は呟くように、ヨキに問いかけた。


「……。……紅鬼(こうき)は?」

「、しない」再び空気を嗅ぐ仕草をして、ヨキは首を振る。そして、蓮の方を向いた。



「……蓮、本当? 紅鬼、ここいる?」

「いる。この町にいる。……それは、絶対だ」

「間違いない?」


――間違いない、と蓮が頷くと、ヨキは納得したようだった。



「おれ、蓮、信じる。紅鬼いる、絶対」

「――行くぞ」



頭を傾け、頷くヨキから視線を外し、町の方を睨み見据える、蓮の左目はどこまでも紫紺だった。













………………………………



杢太郎は力強く、膝を打つと立ち上がった。


「――成程。了解しやした」

「ええと、探しては見ますが…、見つかる可能性はかなり低いッスよ?」


杢太郎に続いて、慌てて立ち上がりながら、栄吉は不安げに付け足した。


直(じき)、夜になる。捜索には向かない時間帯だ。



「そりゃあ、早くに見つかるに越したことはないッスけど…」

「それでもいい。とにかく、探してみてくれ。……命に関わる」


はあ…、と何だか気乗りのしない栄吉に玄は静かに舌うちをした。



「……つべこべ言ってないで、行きなよ。栄吉」

「は、はい!」飛び上がるようにして、栄吉は走って行った。




「――さて、と」玄は伸びをしてから、ぐるりと部屋を見回した。


「こちらもそろそろ動かなきゃね…」

「の前に、」と狼が玄を遮った。怪訝な顔をして、何事かと狼を見る玄に呆れたように言った。



「一応、お前は怪我人なんだぞ? ――先生」鈴鳴の手当てを終えた医者はたった今、帰ろうと履物に片足を突っ込んでいた。
きょとんとして、動きを止める。


「は、はい?」

「こいつなんだが…、動いても大丈夫か、見てやってくれ」

「はあ…」どれ、と医者は重い腰を上げ、玄に近付いた。


医者嫌いの玄は渋い顔をしながらも、嫌々前をはだけさせ、傷を見せた。医者はきっちりと包帯の巻かれたそれをまずはじっくりと眺め、目を丸くする。


「こ、この傷で動いていたのですか…。なんとまあ、末恐ろしい…」

「……すごく失礼だよ、あんた」と玄はむくれた。



医者は苦笑しながら、包帯をほどき、傷の具合を調べ始めた。


「……ふむ、加濃しておりませんし、熱をもっているわけでもない。まあ、流石に全開とまではいかないでしょうが、多少動く分には問題はありません」



玄は肩をすくめた。


「"多少"動く分には、ね…」

「……ええ。戦闘となりますと、やはり傷が開く可能性が出て来ますので…」医者は手早く包帯を巻き直しながら、戦闘は出来る限り避けるようにと念を押した。


これほどの大きな傷だ。傷が開けば、また多量に出血することになるだろう。



はだけた前を直した玄は渋々ながら、分かったよと返事をした。……とりあえず、面倒だから頷いておこう、というのが見え見えだ。



「……玄の字…」

「お前なぁ…、」


それに気付いた桔梗と神城が呆れ半分、心配半分で咎めたが、玄はふいと目をそらし聞こうともしない。



「――余計なお世話。僕じゃなくて、桔梗は愛しの彼女のことだけ心配してればいいんだよ」

「! ……、はぁ…」一瞬、言葉に詰まった桔梗は、やれやれとため息をついた。


医者が困ったような顔で、狼を振り返る。


無論、医者の彼としては、怪我人である玄に戦闘に加わってほしくはない。……が、玄はあっさりと言うことを聞くような質でないし、今回ばかりは戦闘に加わらないわけにはいかない事態であることを悟ったらしい。


それを察した狼はひらひらと手を振った。


「ま! 無茶をさせるつもりはないし、安心してくれ」

「……はい」

「いざとなったら、気絶させてでも引きずって帰る」狼が拳を握り、ぐっと力を入れた。それを横目で見やって、玄は鼻で笑う。


やれるもんならやってみれば?とでも言いたげだ。





――ようやく安心したらしい医者が帰った後、狼が口を開いた。


「"二手に別れて"、妖刀、夜叉車を取りに向かう。――俺逹の動向は監視されているはずだからな」


つまり、一方は囮で、監視を引き付ける役ということだ。



「監視? 誰がだよ?」神城は首を傾げた。それにじとりとした視線を向け、玄がため息をついた。


「……今まで気づいてなかったの? 勿論、操り師もだけど、"政府"もだよ」

「政府?」



元々、妖刀、夜叉車は玄ら、火焔隊が政府要人の命により探していた物だ。


操り師だけでなく、政府もまた疾風隊本部の動きを監視しているとみて、間違いない。



「……まあ、政府の方は問題ないだろうね。完全に、僕達が妖刀を手に入れたと確信出来るまで接触はしてこないはずだよ」


――何せ、慎重という名の臆病者だからさ。玄は肩をすくめた。



「……問題なのは、操り師の方。倒せって言うなら出来なくもないけど、」ちらりと玄は狼、桔梗、鈴鳴の順に見やって、続けた。


「……何せ人質がいるからね。出来るなら、接触は避けたいわけ」

「――ということは、監視を引き付ける人間が重要になるわけですね?」


桔梗の問いに、「話が早くて助かるよ」と玄はにやりと笑った。




狼が静かに切り出した。


「――桔梗。お前に、その役目を任せる」

「……」


探索事や潜入に手馴れており、頭の回転も早く、身軽な桔梗が、この任務に一番向いているといえる。


沈黙した桔梗はす、と顔をふせ、頭を垂れた。


「――はっ」

「……頼んだぞ」



そして、狼は何かに耐えるように目を一旦つぶって、口を開いた。


「――鈴鳴、分かってるとは思うが…、お前にはここに残ってもらう」

「……あぁ…、分かっ、てる…」


かすれた声で言った鈴鳴は、狼からそっと顔をそむけた。……恐らく、やりきれない思いなのだろう。深手ではないにしろ、傷が癒えないこの状態では足手まといになるだけだ。


それを分かっているから、何も言わない。



(――痛いな……)


鈴鳴の横顔を一瞥し、狼は思った。



「……。……監視を引き付ける役を、桔梗以外にもう一人つける」




……


それから、狼は敢えて鈴鳴に何も言わず、計画を練り続けた。










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