――不義の子。




父、重成の口から吐き捨てられた言葉に、雅景は耳を疑った。




……


母が、他の男と通じていた?




しかし、それは有り得ないことだ。


当時、雅景を産んでからというもの、生来から病弱だった母は、外に出ることさえままならぬ有り様だったのだ。密かに通じることなど出来はしない。


……重成こそ、乱心しているとしか思えない。



「――俺は…、あれを愛していた」重成はぽつり、と言った。雅景が想像したよりも、苦しげな呟きだった。


「……だからこそ、」




……


"あの男"との愛の証である、お前の存在が俺は許せない。




「たとえ…、俺を恐れるだけの女でもな」自嘲し、笑う。


都は常に、脅えたような目で、泣きそうな目で、重成を見る。


何故、どうして、と問う。



裏切ったのか、と、正面から尋ねたことはない。……愛していたからこそ、重成にはどうしても尋ねることが出来なかった。


冷徹だ、非情だ、と言われる男も、所詮、一人の人間であった。





……


綾之助の顔に、今やもう、笑った顔など思い出せない愛しい妻の面影を見る。



しかし、同時に、垣間見たあの男の顔が重なって歪んで見える。




……


紅色。血をなすったような、赤。



"あの男"もまた、鮮やかな紅の髪色を持っていた。


それが、重成を醜い嫉妬に狂わせる。




雅景がようやく、口を開いた。心が震える。


「……っ、馬鹿なことを…!」



そんなはずはない。母が父を裏切るわけがない。どこかで、解っているはずなのに。


されど、疑心は消えぬ。遠くに逝ってしまった妻を想う心は癒えぬ。……傷は深く病み、痛む。



「……っふふ…」とうとう、重成は声を上げて笑い出した。


時が止まったかのようにぴくりとも動かない綾之助は、瞬きもしないまま重成を見つめていた。唇が微かに、……父さん、と震える。


薄っぺらな笑い声は冷たく、反響しゆっくりと三人の元へと降りてきた。



「……しかし…、もうどうでも良いことだ」




……


お前が――俺の子であろうと、誰の子であろうと…。




綾之助を射る、重成の目に浮かぶ凶暴な光。


その光に肌が粟立ち、背筋が凍った。




「…………父さ、ん…?」綾之助の、重成を呼ぶ声はかすれ、喉に張り付いてうまく言葉にならない。
高く高く、振り上げられた白刃に目が釘付けになる。


「……な、ん………?」




……


そんな風に、笑うの?




重成は本当に愉しそうに、愉しそうに、笑っていた。




……


ようやく、自由になれる、と。




今の重成に綾之助の命は、見えていない。


悲鳴に似た、雅景の制止が聞こえる。


しかし、――無情にも、ひらりと迷いなく白刃が閃いた。



「……っ…い…、…嫌だ……!」




――…嫌だ……。


死にたくない。




…………死にたくない…!




綾之助の中で、何かが弾けた。大きく、心の臓が一つ脈打ち、刀の柄が強く握られた。


次の瞬間、それは勢いよく、弧を描き、横一文字に一閃された。




……


大量に散る、赤の液体が綾之助の髪を、頬を、胸を濡らした。




静かな、一瞬の間をおいて、どう、と目の前に倒れた影を綾之助は息を軽く切らし、見下ろしていた。







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