「その前に、綾都のことを話す前に…、お前らに知って貰わなきゃならないことがある」
……
俺の出生についてだ。
「もう勘付いてるかもしれないが、"狼"は本当の名前じゃない…」
過去から逃れる為に、名乗ることにした、言わば、偽名だと狼は言った。
そして、目を閉じ、少し間をおいて、狼は語り始めた。
「――俺の本当の名前は、不知火藤右衛門雅景(しらぬい とうえもん まさかげ)。……随分、偉そうな名前だろ?」
「、不知火…?」玄が驚愕に、目を見開いた。
「不知火って、あの不知火家?」
「――ああ、」その通りだと狼は頷いた。
「な、何だよ、その…不知火家って?」
そんなに有名なのか、と神城はわけがわからないという顔で戸惑っている。桔梗、神城、鈴鳴、杢太郎、栄吉も同様で、その名前を聞いたことがないらしい。
沈黙し、目を閉じていた喜一がふと目を開け、そういえば、と何か思いついたのか、言った。
「――もっとも古い旧家のひとつだったような気が致しますが…」
「ああ! まァ、なんとなくだけど…」と神城はポン、と手を打った。
……
まだ国無き頃、一人の男が、この荒れ果てた大地を統べ、平和をもたらしたという伝説を持つ一族だ。
「――まさか、狼が不知火だったとはね…」思わなかったよと玄は肩をすくめた。
なんとなく、その伝説には聞き覚えがあったらしいが、不知火"家"と言われるとどうもピンとこないらしく、鈴鳴、神城、桔梗、栄吉、杢太郎の五人は戸惑い顔のままだ。
「――確か、」玄は不意に言葉を切ると、狼の方を見た。そして、低く問いかける。
「……、滅んで今は無いはずだけど。違う?」
「……ああ。俺と綾都を残して、正統な血を継ぐ不知火家は完全に滅んだよ」
旧家だなんだとちやほやされる一方で、妖混じりだと蔑まれてきた一族はもういない。
――"一夜"にして、滅んだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい。たった一夜で、ですか…?」
そう聞いた桔梗が、まさか…、と瞠目する。
――流石、桔梗。察しがいいな、と苦笑した後、狼は視線を遠くに投げ、何かに思いをはせながら頷いた。
「桔梗が察しの通り、――綾都、……俺の弟、不知火蔵之丞綾之助(しらぬい くらのじょう あやのすけ)によってな」
「「!」」
……あの時…、
『…………兄さ、んも、』
憎しみと悲しみに濁った目が狼を射抜く。
深く斬れた右頬から溢れ、流れた血が首筋を伝う。
『、僕をそんな目で見るんだ…?』
――、ぱたり。
目の前で、透明な液体が血に混じって、滑り落ちる。
それと共に、何かがガラガラと跡形もなく、崩れていった。
「……今なら、分かる。――あいつはただ、悲しかっただけなんだって」
……
それは、残酷で、悲しい物語。
"忌み子"の運命を背負った少年は、恨むべくして運命を恨み、世の中を呪った。
――誰のせいでもない、と知りながら。
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