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長い四角で切られた景色ばかり、見ていた。
鉄格子のはまった窓から見えるのは、"空"という、ここからでは酷く小さいのに、とてつもなく大きい物。
――青や灰、橙、赤に変わる不思議な四角。
『……、空が泣いてる』
――今日の空は、濃い灰色だ。部屋に響く音で、雨が降っているのだと分かる。
そして、ふと気づいた。
……どうしてだろう。自分の頬が濡れている。目が白く霞んで、薄暗い部屋全体がぼやけて見える。
それを無意識に拭って、視線を下げた。
ぽたりぽたり、と、雨漏りの為に出来た、冷たい床の上の水溜まり。
それを何気なく覗きこんで、悲鳴を上げた。
……
薄暗く濁った水の底に、醜く歪んだ、赤い髪を振り乱した赤鬼の面が浮かんでいた。
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「……最初は、」
狼はゆっくりと話し出した。やけに静かな部屋に、狼の声が響く。
「神城から名前を聞くまで半信半疑だったよ。操り師の中に綾都がいるなんて、考えてもいなかったしな」
「……し、しかし…、狼の弟とは限らないんじゃ…」
桔梗が遠慮がちに言った。
たまたま、名前が狼の弟と同じだったという可能性もあるのではないだろうか。
だが、狼は苦笑して、首を横に振った。そして、鈴鳴に話をふった。
「――綾都に会ったんだろ?」
「……ああ」鈴鳴が大人しくなったのを見計らって治療を始めた医者になすがままになりながら、鈴鳴は頷いた。
「咲をさらいに来た時に、会った」
「似てただろ?……俺に」
――泣き出しそうに顔を歪めていた、少年の顔。
不意に、狼の顔と重なったことを鈴鳴は思い出した。
似ている、とはっきり思ったわけではない。しかし、言われてみれば、と合点がいった。
狼と、全体的な顔の印象が似ているのだ。
「――髪が、」鈴鳴は背中の傷に塗られた薬がしみるのか、顔をしかめながら、ふと口を開いた。
「赤かった」
……
一度目にすれば焼き付いて離れない、真紅。
「……なら、間違いない」こくりと頷いて、狼は複雑な表情を浮かべた。……間違いないと言いながら、どこか信じたくない気持ちがあったのだろう。
狼が言うには、綾都の奇抜な髪の色は生来の物らしい。生まれた時から、紅の髪色をしており、その原因は不明だそうだ。
「――、赤色ね…」玄が意味ありげに小さく呟いた。何かを思案するように、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
神城は未だに信じられないという困惑顔で、疑問を口にした。
「……なんで、狼の弟がそんな操り師みたいな…殺人鬼になっちまったんだ?」
「それは…、」
狼がぐっと答えに詰まり、口ごもる。それを玄は横目でちらりと見やって、息をついた。
「――大体、予想はつくけど、」
……
弟の"髪の色"が事の始まりってとこかな。
「!」狼ははっとして、上げた顔を悲しげに歪めた。
「……正解?」
玄は唇を噛み締め、吐き捨てるように言った。
「所詮、馬鹿な奴らの考えることの根元は一緒だよ。――自分と違うモノは認めず、"排除"する」
「……排除…」
そう無意識に呟く桔梗の声が震えている。
玄は何かに耐えるように目を軽く伏せ、黙ったままの狼に向き直った。
「――話してくれるよね?狼」
「! あ、ああ…」
……話すよ。
狼は膝の上で拳を固く握り、何かを決意して深く息を吸い込んだ。
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