※流血表現あり※
青葉闇に鎮座する俺と女は面識がないがただ此処にいて暑さを共有し纏わりつく空気の煩わしさに眉を寄せ女の耳を塞ぐオレンジ色のヘッドフォンから絶えず洩れる爆音のロックに鼓膜を蝕まれ蝉のすだきを脳から剥落していく。「音楽は好きだ」と言うと「私も好き。綺麗だからな」と女は舌を回す。 輻輳する道路は陽光を受けコンクリートが熱を孕む。人々はその上で焼かれ炙られ炯炯とした眼光を残し雑踏に混淆して昇天。見えなくなる。左様ならと女が呟くのが聞こえた。
「人間は穢い」 「お前も人間じゃん」 「だから私も同じ。勿論貴方も。腹に刃物を突き刺してみればわかる」
俺を鳥瞰する女は長い黒手袋に覆われた細い指で遠くを優雅に歩く女性を差した。美しい女性だ。肌の色は白く、豊かな胸と長い足、そして整った顔をしている。靡く金髪は風に遊ばれ光を反射し煌めいている。
「あの人も同様。いくら外を飾ったとしても中身は隠せない。くさい。におう。私の鼻孔を擽る。臓器の、におい」 「頭大丈夫?」 「生憎正常だ。あの人だって骨に粘土工作の如くべちゃべちゃ肉片くっ付けただけの、神様の玩具。腹部を寸裂すればヘモグロビンと一緒にグロテスクな怪物達の登場だ。ああ嫌だ厭だ。子宮から経血垂れ流して飄々と生きるのさ女ってのは」
何だか私今日は饒舌だと女が嗤う。よく動くその唇を縫合したい。 車が、走っている。凄いスピードで走っている。停まらない。停まらない? そら見ろ。女が口端を歪めた。
「この感覚はギターの弦が切れる時に似ている」
一台の車が人々の犇めく其処に突っ込んだ。はねられたぞ!誰かが叫ぶ。 車は例の女性を轢き殺した。車輪に絡まる女性の毛髪は自らの血に染まる。それが酸化し変色するのにそう時間はかからないことを俺は知っているし女も知っているだろう。
雨が降ってきた。お天道様は顔面に施した黒雲の化粧を自慢気に晒す。野次馬のざわめきが耳障りで俺は視界から奴等を殺した。女の赤で飾られた双眸は前を見据えている。葉から滴り落ちる雫が全身に襲いかかった。
「音が聞こえない」
女はボリュームを上げた。重低音が響き脳髄を揺さぶる。 女が何かを喋ったが俺には届かなかった。溢れる轟音と地を叩くビタミンB12を味方に付けた彼女に、俺は敵わなかった。空に電光が閃いた。
あの夏は瞬きもせず (唯一の失敗は、人間に生まれてきたことである)
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