「ねえ、翔(かける)くんも何か面白い話してよ」
「えっ!?」
 また、ある日の帰り道、灯(あかり)ちゃんと二人並んで歩いていると、突然灯ちゃんからそう言われて僕は面食らった。
「だって、何だかいつもあたしばっかり話しているような気がするんだもん。たまには翔くんの話も聞きたい」
 う。可愛い。
 じゃなくて、そういえばこうやって一緒に帰るようになってだいぶ経つけれど、確かにいつも話しているのは灯ちゃんの方で、僕はどちらかといえば聞き役だ。
「うーん……」
 でも、面白い話、なんて急に言われてもなあ。
「ね。何でもいいから。なんだったら作り話でもいいから。異世界ファンタジーとかさ」
「いや、さすがに即興で異世界ファンタジーを語れるほどの才能はないなあ」
 僕は思わず笑った。もしそんな才能があったとしたらすぐにでも作家とかになれそうだ。
「あ、だけど……」
 ただ、異世界ファンタジー、というフレーズに、ふと思い出したことがあった。
「えーと、前に見た夢の話とかでもいい?」
 僕がそう話を切り出すと、うんうん、と灯ちゃんは思った以上の勢いで食いついてきた。いやそんな大した話でもないんだけどと申し訳なく思いつつ、つまりは僕の話を聞きたいってことなんだろうなと思うと何だか少し嬉しかったりもした。
「ほんとに、ゲームとか小説みたいな話なんだけどね」
 その夢の中では、僕は魔物を倒す使命を持った、いわば勇者のような存在として旅をしているのだった。もちろん一人でというわけではなく、相棒というか師匠のような、色んなことを(戦い方とか魔物のこととか)教えてくれる人と一緒に、何故か旅芸人の一座(ある意味旅の専門家だからだろうか)に加わって旅をしている。どうやら夢の中の僕には何か特別な力があるらしく、魔物を倒すのは簡単なことだった。ただ、この手の話としては奇妙なことが一つあって、それは、魔物を倒すことが使命であるはずの僕が、こんな旅なんか嫌だと思っているということだった。別に魔物が可哀相だとかいうわけではない。むしろ魔物なんかどうでもよかった。僕はただ、家で、家族と、平凡だけれどもだからこそ幸せな、普通の暮らしがしたいんだと、心の底から思っているのだった。
「ふーん。不思議な話ねえ」
 話が終わると灯ちゃんはしみじみとそう呟いた。そして、
「つまりあなたは、勇者なんだけど、勇者なんか嫌だと思ってたってことなのね」
「えっ?」
 僕はどきりとした。一瞬、何故かまるで取り調べを受けてでもいるかのような気がしたのだ。
「いや、まあそうだけど……、でも所詮ただの夢だし」
「あら、夢をあなどっちゃいけないわよ。そういう夢ってね、実はただの夢なんかじゃないってことだってけっこうあるんだから」
「ただの夢じゃない、って?」
 どういうこと?
「例えば、実はそれは忘れられた過去の記憶で、普段は思い出せないそれを夢という形で思い出してるんじゃないかってこと。つまり自分ではただの夢だと思っていても、それは、本当はいつかどこかであった現実なのかもしれない、てことよ」
「まさか」
 冗談だろ、と僕は笑った。けれども灯ちゃんはむしろ真面目な顔でさらに質問してくる。
「そうだ、ちょっと訊きたいんだけど、翔くんは、その夢の中では何て名前で呼ばれてたの?」
「え? 名前?」
「そう。それこそ何かファンタジーっぽい名前で呼ばれたりしてなかった?」
「うーん……」
 名前かあ。どうだっただろうか。僕は改めてあの夢を思い返してみた。けれども、
「よく分からないなあ」
 そう言われてみれば確かに、翔、じゃなくて何か違う呼ばれ方をしていたような気もする。けれども、こうして思い出そうとすると、まるで靄がかかったようにぼんやりしてしまって思い出せなくなってしまうのだった。印象的な夢だったから細かい所まで覚えてるつもりだったんだけどなあ。まあ結局夢なんてそんなものだってことなのかもしれないけど。
「そっかー。じゃあ、もしまた何か面白いことがあったら教えてね」
 灯ちゃんは笑顔でそう言った。どうやら僕の話は喜んでもらえたみたいだ。
「うん」
 その笑顔に僕も、それなら良かった、と嬉しいようなほっとしたような気分で笑った。


 そんな話をしたせいか、その晩も、僕はまた同じような夢を見た。やっぱり夢の中の僕は嫌々ながら旅をしているようだった。そしてやっぱり何か違う名前で呼ばれていたようだったけれど、目が覚めてみれば結局、僕は何と呼ばれていたのか、思い出すことはできなかった。



[←前] [次→]
小説トップ
- ナノ -