「あのさ、翔(かける)くんは、お化けとか見たことある?」
 と、灯(あかり)ちゃんが言った。
「え? お化け?」
 それはある日の帰り道、僕はいつものように灯ちゃんと二人並んでバスを待っていたところだった。
「いや、別にお化けじゃなくても、宇宙人でも小人でも超能力者でも何でもいいんだけど、そんな、物語の中でしか見ないような、普通ありえないみたいな変なもの、見たことない?」
 さらに灯ちゃんはそう続けた。僕は、また急に突拍子もないなと思いつつ、何だか新たな一面を発見したような気がして少し嬉しかったりもする。
「うーん……」
 ただ、残念ながら僕にはそんな彼女の期待にこたえられるようなエピソードはなかったので、
「いや、そういったことは特にないかな」
 正直にそう答えた。
「そっかー。いやそうだよね」
 するとやっぱり灯ちゃんはちょっとがっかりしたようだった。けれどもすぐに思わせぶりににやりと笑う。その様子はまるで、
「灯ちゃんは何か見たことなるの?」
 そう訊いてもらいたがっているようだ。
「ふふふ」
 そしてその通りに僕が尋ねると、やっぱり灯ちゃんは得意げに笑って、
「実はね、あたし、妖怪見たことあるの」
「え? 妖怪?」
「そう。うちの近所にね、本当に近所の人しか来ないような、ちょっとした公園があるんだけど……」
 ある日たまたまその公園のところを通りかかった灯ちゃんは、その公園の大きな木のところで小さな子どもがしゃがみこんでるのを見かけたのだそうだ。
「最初は、一人で何してるのかな、くらいにしか思わなかったんだけど、すぐに、でも何か変だな、て思ったのね」
 その違和感の原因は子どもの服装だった。その子どもは、なぜか着物姿だったのだ。
「おかしいでしょ? 今の時代、別に夏祭りでもないのに着物だなんて、ていうかその着物も浴衣みたいなかわいいものじゃなくてなんか時代劇みたいなみすぼらしい感じだったし」
「なるほど……それで?」
「それで、あ、これはなんかやばいかもなーなんて思いながらも気になって見てたら、向こうも何か察したのか、ぱってこっちを振り向いたのね。そしたら」
 その顔は明らかに人のものではなかったのだという。
「なんていうかこう、目がこんなに吊り上がってて、それが黒目も白目もなくてただ真っ赤でぎらぎら光ってて、にやっと笑ったみたいだったんだけど口には牙みたいなギザギザの歯がびっしり生えてて、そういえば耳もこうとんがってて、よく見ると肌も鱗みたいなのでおおわれてて」
 灯ちゃんは目じりを引っ張り上げたり耳を引っ張ったり身振り手振りを交えながらひとしきり話すと、ぱたんと手を下ろして一つため息をついた。
「まあ、実際本当は何だったのかはよく分からないんだけどね。さっきは妖怪って言ったけど、もしかしたら狐が化けてたのかもしれないし、もしかしたら鬼とかもっとやばいものだったのかもしれない」
「……」
「ただ、後から聞いたところによると、その公園では確かに妖怪騒ぎみたいなこともあったし、神隠しみたいなこともあった、っていうのよ」
 そこで話は途切れて、一瞬静かになった。と、
「あっ」
「えっ?」
 突然灯ちゃんが何かを見つけたように声を上げて遠くに目をやった。僕はどきっとしておそるおそる彼女の視線を追って振り返る。すると、
「バス、やっと来たねえ」
「……ああ、本当だ」
 まるでまさにその妖怪が現れたかのような灯ちゃんの様子にちょっとびくびくしていた僕はほっと胸をなでおろした。当然そこには灯ちゃんの言うような妖怪などおらず、ただいつものバスがいつものように走って来ているだけだった。まったく紛らわしいなあ。わざとかな。まあだとしてもそれはそれで可愛いからいいけど。
「そうだあのね、今日ね……」
 バスに乗ってからの話題はもう別のものに変わってしまい、灯ちゃんが遭遇した妖怪の話はあれで終わりのようだった。それにしても思った以上にすごい話だったなあ。
 けど、その後その妖怪はいったいどうなったのだろう。
 少し、それが気になった。



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