彼女は渡辺(わたなべ)さんといった。
 そして、確かに同じ学校の同じ学年だけれども、クラスが違うという話だった。なるほど、クラスが違えばまあ普通はそんなに会う機会もないだろうし、知らない子がいてもおかしくはないのかもしれない。
 あの後、私は彼女に連れられて近くのカフェというか喫茶店に入り、それぞれコーヒーとかを前に向かい合わせになっている。
「それで、渡辺さんは」
「あ、灯(あかり)でいいよ。あたしもあなたのこと高塚(たかつか)さんじゃなくて紗菜(さな)ちゃんて呼ぶからさ」
「……うん」
 私は別に高塚さんでもいいんだけど。そう思ったけれども別にわざわざ言うことでもなかった。正直どちらでもよかったし。
「じゃあ、灯ちゃんは」
「うん」
「どうして私に声かけてきたの?」
「どうしてって」
 すると彼女は驚いたように目を丸くして、
「そりゃあもちろん、紗菜ちゃんと友達になりたいって思ったからよ」
「友達?」
 え、何それ。
「だってすごいじゃない、ゾンビ倒せる友達、なんて」
 何を当たり前のことをとばかりに彼女はさらに興奮気味にそう言った。そしてそこでふと我に返ったのか少し苦笑いになって、
「まあ、友達が嫌なら別に知り合いとかでもいいけど。とにかく、あのままあなたと何も接点を持たずに帰ってしまうのはもったいないなと思って」
「……」
 へえ。
 なるほど、まるでナンパみたいだと思ったけれども、ある意味本当にナンパだったわけだ。
 最初はいきなり馴れ馴れしくて胡散臭いと思ったけれども、ちょっと面白いと思えてきた。なんか特殊っぽい人とは知り合いになっておいたほうがお得、みたいな気持ちは分かる気がするし、それくらいの裏というか打算があるほうがしっくりくるような気がした。だから、
「別にいいよ、普通に友達で」
 私がそう言うと彼女はぱっと目を輝かせた。
「本当?」
「うん」
「じゃあ、これからよろしく」
 彼女は急に立ち上がるとこちらに手を伸ばしてきた。どうやら握手を求めているらしい。
「……ああ、よろしく」
 やっぱりこの距離の詰めかたはちょっと引くなと思いながら、私も立ち上がって同じように手を伸ばした。


「それじゃあ、また明日ね」
 喫茶店を出ると彼女はそう言って手を振り帰っていった。「うん」
 変な子だったなあ。
 私も一応同じように手を振り返しながら、まあ、そうは言っても結局はこの場限りの話だろうと、それこそクラスも違うしもう会うこともないかもしれないと、そんな風に思っていた。



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