6
僕は一人、森の中を歩いていた。
辺りは薄暗かった。うっそうとした森の中ということに加えて、朝早くか日暮れ時だったのかもしれない。
森の中の獣道のような、道なき道と呼ばれるようなところを、僕はとぼとぼと――いや、ふらふらと歩いていた。
ただ、どうしてこんなところを歩いていたのか、自分でもよく分かっていなかった。森を抜けてさらにどこかへ行こうとしていたわけではなかった。何か異変があって様子を見に行かなければならないわけでもなかった。何か魔物の本拠地に関する手がかりが見つかったというわけでもなかった。
ふと、どこからか、がさがさと草が揺れる音が聞こえてきた。自分がたてた音ではなかった。風だろうか獣だろうかあるいは、と耳をすますと、今度は誰かの声が聞こえた気がした。
それに気が付いた瞬間、僕は駆け出していた。
逃げなければ、と思ったのだった。見つかってはいけない。見つかったら連れ戻されてしまう。
薄暗い森の中、足元もおぼつかないまま僕は走った。誰かの声がする。その声は、その誰かは、確かに僕を探している。追いかけている。
そうだ、僕は逃げていたのだ。
僕は逃げ出したかったのだ。僕をとりまくすべてのものから。この世界から。だから自分でも気が付かないうちに、仲間の元を離れてこんな森の中までたどりついていたのだ。仲間はきっと僕のことを心配して探してくれているのだろう。けれども、そんな彼らからさえも、僕は逃げ出したかったのだ。
「あっ」
ふいに体がかしいで、転んだ、と僕は思った。何かにつまづいた、と。けれども、体勢を立て直そうと踏み出した足元に地面はなく、逆に僕はさらに体勢を崩して、落ちていったのだった。そうか、きっとここには崖か何かがあって、けれども暗い森の中で、僕はそれに気が付くことができなかったのだ。
それにしても、僕はいったいどこまで落ちていくのだろう。そうとう高いところから落ちているのか、あるいは、よくいわれているように、ただ時間がゆっくり過ぎているように感じているだけなのか。
本当はもう、僕は地面に叩きつけられてしまっているのかもしれない。
……。
急に笑いが込み上げてきた。だから何だというのだろう。そんなこと、もうどうでもよかった。不思議と怖くもなかった。むしろこれで良かったのだと思えた。そうだ、きっとこんなことでもなければ、僕はもう逃げ切れない。
また、どこかで僕の名前を呼ぶ声が、聞こえた気がした。
***
「……」
目が覚めた。
僕は自分の家の自分の部屋にいた。ゆうべ寝るときに入った布団の中だ。
なんだ、今のは夢だったのか、これまでなら普通にそう思うところだ。けれども、僕はもう気が付いてしまっていた。この夢が、いや、この夢だけではなくこれまでに見たあの夢もこの夢も、ただの夢なんかではないことに。
僕はすべてを思い出していた。灯(あかり)ちゃんの言ったとおりだった。ただの夢だと思っていたあの出来事もこの出来事も、本当は、かつてあの場所で起きた現実、それは、夢だといって忘れたふりをし続けていた、僕の記憶だったのだ。
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