三章(1/2)


 ファーレンは図書館に来ていた。普段は物語が目当てでよく来るのだが、この日は、いつもはあまり立ち寄らない本棚の前にいた。普段行かないような場所はなんだか雰囲気まで違うような気がして、少し戸惑いながら本棚に並ぶ本の背表紙を眺めていると、
「あれ?ファーレンじゃないか」
 と、声を掛けられた。振り向くと、そこには見慣れた笑顔がある。
「イータ、ちょうどよかった」
 少しほっとした気分でファーレンも笑顔を見せた。声を掛けてきたのは図書館でよく顔を合わせる少年、リュー・イータ。紺色の髪と碧色の目が特徴の、ファーレンとは同い年で気も合う友人だ。ただ、本を一冊借りてはゆっくり読んで返しに来るファーレンとは違い、イータは毎日のように図書館に通い、いつかは全ての本を読破するのだと語る、いわば図書館の主のような存在だった。ファーレンがほっとした表情を見せたのも、イータに尋ねれば図書館内の本のことは大体分かるのではないかと思ったからだ。
「どうしたんだ?ついこの前来たばかりじゃないか、こないだの本もう読んじゃったのか?」
「いや、この前借りた本はまだ途中なんだけれども、今日はちょっと、調べたいことがあって」
「調べたいこと?」
「うん。……封魔師について、ちょっと」
「ああ、それでこんなところにいたのか」
 イータは並ぶ本に視線を走らせた。確かにそこは神殿や封魔師に関する本が置かれている場所だった。
「封魔師ねえ。なんでまた急に。学校の課題か何かか?大変だな」
「いや、そういうわけでもなくて……その、封魔師の中でもちょっと普通とは違うものについて分かるような本ってないかな?」
「普通とは違う封魔師?」
 イータはあごに手をあてて首をひねった。
「ていったら……脱走者とか?」
 封魔師の、特に見習いの中には、厳しい修行に耐えることができずに神殿から逃げ出す者もいて、そういった者が『脱走者』と呼ばれているのだが。
「いや、そうじゃなくて」
 ファーレンは首を振った。普通とは違う封魔師。うまく説明できないけれど。
「なんか、剣がなくても魔物を倒せるとかいう……」
「ああ、ひょっとして『剣を持たない封魔師』のことか」
 イータはぽんと手を叩いた。そしてなぜかちょっと笑った。
「だったら、こんなところにはないと思うな。こっちじゃないか?」
 言って、ファーレンを別の本棚の前へと連れて行く。そこはまたちょっと意外な部類の本が置かれている場所だった。
「えーと、そうだな……これなんかどうかな」
 並ぶ本の背表紙にざっと指を滑らせ、イータは一冊の本を手に取った。ぱらぱらとめくり何かを探しているようだが、見つからなかったようで首をかしげる。
「いや、こっちかな」
 そしてまた同じように本を取り出しぱらぱらとめくると、今度は見つかったのか本を開いた状態でファーレンに差し出してきた。
「ああ、あったあった。ほら」
 その本は、世界のちょっと奇妙な噂話をおもしろおかしくまとめたような本だった。そこには確かに『剣を持たない封魔師』のことが簡単に紹介されている。だがそれはどちらかというと否定的な内容だった。
 神の力を宿し、封魔剣がなくても魔物を倒せる封魔師。それは一部でひそかに存在がささやかれている、いわば理想の封魔師だった。だが実際本当にそんなことが可能なのかといえば、それはまずあり得ないとされている。当然ながら神の力は強大で、直接宿しさらにその力を振るうなど、人間の体にはとても耐えられないのだ。
「なるほどね……」
 ファーレンは一つため息をついて本を閉じた。

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