五章(2/3)


 魔物は消えた。
 まさにファーレンの振り下ろした剣で斬られたように真っ二つになり、散り散りになって消えていってしまった。
 ファーレンは剣を地面に杖のように突き立ててようやく立っているようだった。その姿がふらりと傾きしゃがみ込んだところでフォルスははっと我に返った。
「おい、大丈夫か」
 駆け寄ってくるフォルスにファーレンも気が付いて再び立ち上がろうとするが足に力が入らないのか結局座り込んでしまった。その表情にはもう先ほどのような異様さは伺えない。
 フォルスは地面に突き刺さっていた剣を抜いて元通り鞘に収めた。何も変わったようには見えない、使い慣れた自分の剣だった。
「まったく……、危ないだろう。あんなふうに振り回してたら怪我するぞ」
 本当はもっと他に何か言わなければいけないことが、訊かなければいけないことがあるような気がした。けれども何をどう言えば分からないままフォルスはため息とともにそんな無難な言葉をかける。
「すみません」
 そしてファーレンの方もまだどこかぼんやりしているようだった。
「自分でもよく分からないんです。気がついたら体が勝手に動き出していて」
 ファーレンはフォルスを見上げた。助けを求めるようなその視線に、しかしフォルスは何も言えなかった。きっとファーレンの中でも疑問が渦巻いているはずだった。けれどもそれは恐らくフォルスも同じように疑問に思っていることで、つまりフォルスは答えるすべを持たない。
「それが魔物を倒す力なのだよ」
 突如第三者の、しかし聞き覚えのある声がして、二人ははっとそちらを向いた。そこにいたのは確かに二人にも見覚えのある姿――神を自称する、あの男だ。
「……そうか。全部あんたの仕業だったんだな」
 フォルスが言った。男の出現に驚くよりもむしろ納得がいったようだった。
「おかしいと思ったんだ。こんなに都合良く魔物が出てくるなんて」
「とんでもない」
 だが男は即座にそれを否定する。しかしその大袈裟な口振りはまるで逆に遠回しに肯定しているようにさえ聞こえる。
「君も知っているだろう? 力というものはそこにあるだけで魔物を引き付け呼び寄せてしまうのだよ。ゆえに恐らくは今後もこうして魔物が寄ってきてしまうことになるだろうし、また彼がさらに力をつけていけばいくほどより強い魔物が引き付けられ、いずれ奴らはわざわざ倒されるために逆に彼を自らの本拠地へ招くこととなるだろう。すなわちその力は大いなる目的への道標でもあるのだ」
「大いなる目的?」
「そう。それは、この世界から完全に魔物を消滅させることだ」
「……」
 フォルスはファーレンと顔を見合わせた。魔物を完全に消滅させる。それは男が最初から二人それぞれに言っていたことだった。
「僕はどうなってしまったんですか?」
 ファーレンが声を上げた。
「あれはいったい何なんですか? まるで自分が自分じゃないみたいな……」
 男はファーレンに顔を向けた。男を見上げるファーレンの瞳には不安が、恐れが滲んでいる。男は微かな、そしてどこか悲しげな笑みを浮かべた。
「魔物を倒すその力は、困ったことに、魔物を見れば倒さずにはいられないという衝動でもある。だから、ファーレン君、申し訳ないが君にはその内なる衝動とも戦ってもらわねばならない」
「そんな……」
 そんなこと一言も聞いてない、と言いたかった。けれども聞いていたところで果たして男の言うことを――魔物を倒す力を、拒絶できていたかどうかも分からなかった。
「大丈夫だ。確かに初めのうちはちょうど今のようにその衝動に呑まれてしまうこともあるだろう。だが君ならきっとすぐにそれと折り合いをつけることができるはずだ。私はそう信じている」
 男の言葉は力強く、大丈夫だと、信じてもいいのだと、そんな風に思わせた。だが信じる? 何を? 自分に魔物を倒す力があることを? もはや事態は戻りようのないところまで進んでいて自分にはそれを認めて受け入れて諦めることしかできないのだと?
「ともあれ」
 男はファーレンから顔をそむけた。
「これで私や私の話が夢でも作り話でもないことは分かってくれたはずだ。まだそれぞれ納得のいかないことや言いたいことがありそうだが、少なくとも、ファーレン君、君が今魔物を倒したことは紛れもない事実だし、これがどういうことなのか、フォルス君、君なら分かるはずだ」
 代わる代わる二人を見るようにして男は言い、少し口元を緩めた。
「それでは、私はこれで帰らせてもらおう。こんな所にあまり長居するわけにもいかないのでね」
 そして男はまた唐突に姿を消し、後には二人が取り残された。
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