四章


 図書館から帰ってきたファーレンは、家の前に人が立っているのを見つけた。深緑色の髪と腰にさげた剣が特徴的な青年だ。剣士だろうか。家を訪ねてきたものの誰もいなくて困っているのかもしれない。ファーレンは慌てて青年に駆け寄ると声をかけた。
「すみません、家に何か御用でしょうか」
 すると青年はファーレンを見てにこりと笑った。
「アーダ・ファーレンさんですね」
「あ、はい」
 ファーレンは少し驚いた。てっきり父親に用があるのだろうと思っていたのだが、ひょっとして彼は自分を訪ねて来たのだろうか。
「単刀直入にお尋ねします」
 そして青年の次の言葉に、ファーレンはさらに驚かされた。
「あなたは『剣を持たない封魔師』なのですか?」


「……は?」
 この人はいったい何を言っているのだろう?
 『剣を持たない封魔師』なんてものはただの怪しい噂話でしかないんだと、つい今しがた納得してきたところだったのに。
「失礼。いきなり核心に迫りすぎたようですね」
 ファーレンがぽかんとしていると、青年は苦笑いした。
「申し遅れました。私、神殿で封魔師見習いをしております、シェンダ・フォルスと申します」
「ああ、どうも……」
 頭を下げられ、ファーレンもぺこりと頭を下げた。神殿の人だったのか。けれども、神殿の人が、どうして?
「実は、今朝方でしたか、突然私のもとに神様だとかいう人物が現れましてね。なんでも、自分はとある少年に封魔師の力を授けてきた、彼は『剣を持たない封魔師』なのだ、などと言うものですから」
「え?」
 神様が現れた?封魔師の力を授けた?なんだかどこかで聞いたような話だ。
「それで一応調査に来てみた、ということなのです。その真偽はともかく、そんなものを自称する変なやからがいるとしたらそれはそれで困りますからね」
 いや、どこかで聞いたようなではない。それは昨日のことだ。自分の身に実際に起きたことだ。それじゃあ、やっぱりあれは夢ではなかった、そういうことなのだろうか。
「しかしまあ、今のあなたの様子からすると、やはりあれは嘘だったようですね。実は私も半信半疑だった――いや、あまり信じてはいなかったのですよ。突然驚かせてしまって申し訳ありません。失礼します」
「あっ」
 ところが青年――フォルスはまた一礼して、話を切り上げ立ち去ろうとする。ファーレンは慌ててそれを引き止めた。
「あの、ちょっと待ってください」
「はい?」
 引き止められるとは思っていなかったのか、フォルスは目を丸くする。
「あの……」
 ファーレンはひとつ深呼吸した。
「僕も会いました。昨日、神様だっていう人に」
「……え?」
 ファーレンの言葉に、フォルスの表情も変わった。愛想良く浮かべられていた笑顔が消えて真剣なものになる。
「どういうことだ」
 フォルスの急な変化にファーレンは戸惑いながら、
「だから、昨日の夜……寝ようとしてたらいきなり部屋に人が現れて、神様だって言って」
「どんな奴だった?」
「こう、髪がぼさぼさで顔が見えなくて、なんか寒そうな格好してて」
「妙に偉そうで、勝手なことばかり言う?」
「そう、そうです」
「…………」
 フォルスは真剣な表情のまま、じっとファーレンを見ている。
「そして僕も同じようなことを言われました。封魔師の力とか、魔物を滅ぼすとか」
「なるほど、ただ違うのは、そいつはあんたにその力を授けると言った、ということか……」
 フォルスはひとつ溜め息をついた。いつの間にかフォルスの口調もぞんざいなものに変わっていた。いわば素の彼が見え始めているのは、余裕がなくなったからなのか、それとも他の理由からか。
「あれは本当に神様だったんですか?だとしたら、僕は」
 僕はいったいどうなってしまったのだろう。ファーレンは急に怖くなってきた。もしあれが本当に神様で、その話したこともすべて本当のことだったとしたら、僕は。
「いや、今言えるのは俺とあんたがどうやら同じ奴に会ったらしいということだけで、それが本当に神様かどうかはまた別問題――」
 と、急に不自然に言葉が途切れたかと思うとフォルスは身を翻した。なぜかファーレンを背に守るようにしている。
「え?どうしたんですか」
 フォルスはファーレンを振り返らずに、少し先に立つ木の方をあごで示した。
「あれを見てみろ」
 するとそこには、何やらぼんやりとした影のようなものがうごめいていて、しかし確かにこちらを狙っていたのだった。



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