三章(2/2)
「他には何か書かれているような本はないの?」
 傍らで一緒に本をのぞき込んでいたイータに尋ねてみる。イータは苦笑いして首をひねった。
「さあ、どうだろうなあ……」
 そして他にも何冊か似たような本を開いてみたが、結局たいした話は見つからなかった。つまりはまともに扱ってる本などないということなんだろう。ファーレンは諦めることにした。
「ありがとう、イータ。イータがいてよかったよ、やっぱりイータは何でも知ってるんだね」
 正直調べるにしてもどこからどうすればいいのか分からず途方に暮れていたところだったのだ。それを自分のつたない説明からこうしてここまで簡単にたどり着けるイータはすごいと素直に思った。自分ではまずたどり着けなかったに違いない。実際最初に向かった場所は見当はずれだったわけだし。
「いやいや、俺なんてまだまださ。それにしても、封魔師のことを調べたいなんて言うから何事かと思ったけど、まさか『剣を持たない封魔師』とはね。それこそどうしたんだよ急に。物語を読むだけじゃなくて自分でも書いてみたくなったのか?」
「いや、そんな物語だなんて僕にはとても書けないよ。ただ、ちょっとゆうべ、変な夢見てね……」
 その場しのぎの言い訳のつもりだったが、そう口にしてみると本当にそうだったような気がしてきた。
 そう、そもそもファーレンがこうして図書館に来たのは昨夜の謎の出来事のせいだった。神様だとか封魔師の力だとか、あまりにも現実離れしているのに、夢だと言うにははっきりと覚えている奇妙な出来事。そこで、もしかしたら自分が知らないだけでそういうこともあるのではないだろうかと思って調べようとしてみたのだが。結局、調べようにもまともに扱っている本すらろくにないような状態で、やっぱりそんなことなどありえない、つまりあれは夢だったんだろうという結論に落ち着きそうだ。
「まあどっちにしろ、封魔師になんてなるもんじゃないらしいぜ。そうだ、こんな話知ってるか?」
「何?」
 二人は本棚から離れて読書用の机が並ぶ方に向かった。机はその周りを囲むように椅子が六つ置かれている大きなものだ。図書館に人の姿はまばらでがらんとしていた。
「そもそも何故魔物が人を襲うのか、て話」
「なぜって……」
 ファーレンは椅子の一つに腰を下ろした。イータはその傍らで机にもたれるようにして立っている。
「それは、そういうもんだからじゃないの?」
「おいおい、そんなこと言ったら話が終わっちまうだろ。そうじゃなくて、実は人間の中にもわずかながら神様の力の欠片みたいなものが含まれていて、魔物はそれを手に入れるために襲ってくるんだそうだ。力なんてものはそれだけなら別に毒でもなんでもなくて、うまく取り込めば逆に自分の力を増大させることができるっていうからな」
「そうなんだ」
「つまり、そんな神様の力を宿した封魔剣を持つ封魔師こそが、実は一番魔物に狙われやすくもある、てことになるわけだ。もしかしたら逆に封魔師の方がその剣で魔物をおびき寄せているってことなのかもしれないけど」
「へえ……」
 初めて聞く話だった。そもそもファーレンはこれまで魔物にも封魔師にもあまり興味はなかったのだ。
「どうだ、少しは物語の参考になったか?完成したらぜひ俺にも読ませてくれよ?」
 冗談めかしてにやりと笑うイータに、ファーレンもちょっと肩をすくめて笑い返した。
「そうだね、そこまで言うならちょっと書いてみようかな」
「本気かよ」
 二人はひとしきり笑い、やがてファーレンは椅子から立ち上がった。
「じゃあ、僕はこれで帰るよ。またね」
「おう、またな」
 そしてファーレンは図書館を後にした。なんだかほっとしたような気分だった。結局は、昨晩のことはあり得ない話――つまりは夢だったのだ、そのことを確認したくて自分は図書館に行ったのかもしれない、そう思った。



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