わざとらしい悪役


 窓ガラスにはあたしの顔が映っていた。
 ずいぶんと疲れ切った、途方に暮れたような顔をしている。いや、実際疲れ切っているし途方に暮れているのだから仕方がない。
 後ろの方からは、桂木さんたちが楽しそうに喋っているのが聞こえてくる。結局今日も一緒に夕ごはんを食べようということになったのだった。そのうちこれが当たり前のようになったら嫌だなあと思う。
 そしてあたしはそんな桂木さんたちから少し離れた所にある流し台で、空になったペットボトルを洗っていた。流し台の前は窓で、カーテンも引かれていない窓の外は真っ暗だった。その代わりのように窓ガラスにはあたしの顔が映っている、というわけだ。
「なにしてるんですか」
 と、声がして、窓ガラスに人の姿が映り込んだ。倉沢さんだ。
「ああ、別にそんなことしてくださらなくてもいいのに。どうせ捨ててしまうんですから」
 あたしが倉沢さんを無視していると倉沢さんはあたしの手元のペットボトルを見て言った。
「リサイクルとかしないんですか」
 言ってやると、倉沢さんは笑った。
「困りますね。もう少しご自分の置かれている状況をご理解していただかないと」
 いや、あたしは馬鹿にされたのかもしれない。
 あたしだって別にペットボトルはどうでもよかった。ただ、ちょっとみんなから離れて一人でぼんやりしたかっただけだ。それなのに。『担当』だからなのか何なのか知らないが、この人はやたらとあたしに構ってくる、ような気がする。
 あたしはちらりと倉沢さんを振り返った。いや、じろりとにらみつけるみたいになってしまったかもしれない。
「なんですか」
 倉沢さんは冷ややかにあたしを見ている。
「…………」
 あ、またこの感じだ、と思った。
 構ってくる、だけじゃない。例えば桂木さんをはじめここの人たちは、悪役のくせにまるで悪役っぽくないむしろ普通のいい人で、それが逆に気持ち悪かったりもしたのだけれど、この人――倉沢さんだけは、なんだか変な言い方だけれども、時々こうして妙に悪役っぽいのだった。そして、これも変な言い方だけれども、そのおかげで、へたをすればこの場所に慣れてしまいそうになる中で、まさに倉沢さんの言うように、自分の置かれている状況を再確認してしまうのだ。
「倉沢さんだけですよね、そういうこと言うの」
 そこにわざとらしさとかむしろ意図的なものすら感じてしまうのは、気のせいだろうか。
「だって」
 すると倉沢さんはまた笑った。にやりと、悪役っぽく。
「少しは怖がってくれないと、つまらないじゃないですか。せっかくの悪の秘密組織なのに」
 結局、この人もおかしな人だ、ただそれだけのことなのかもしれないけれど。



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