それはすべてただの妄想


 彼が、窓辺でぼうっとしている。
 ただ灰になっていくばかりの煙草を手に、ずいぶんと疲れた顔をしている。
 たぶん、あの頃はこうじゃなかった。

「ねえ」
 私が声をかけると、ああ、何?と彼は振り向いた。私を見て、その表情が穏やかなものになっていく。
 そうだ。本来の彼はこんな雰囲気の人なのだ。それがいつの間にか、険しい顔の『副所長さん』になってしまった。
 私は彼が手にしている煙草を見た。今や常に彼とともにあるそれも、あの頃にはなかったはずのものだ。
「ねえ、初めて煙草吸った時ってどうだったの?よくある話みたいに、やっぱりすごくせき込んだりした?」
「さあ。どうだったんだろう。もうよく覚えてないな」
「二十歳になってから吸い始めたんでしょう?あなたのことだから、律儀に二十歳までちゃんと待ったんじゃない?」
「未成年が吸っちゃあ駄目だろう」
「ほら、あなたって変なところで真面目なんだから」

 ……なんて。
 そんな話もすべて私の妄想だった。彼はずっと疲れた顔でぼうっとしていて、私はそれをただ見ていただけだ。
 だって、今や私はどこにもいないのだから。彼は私の存在に気付くどころか、私がこうしていることすら彼には想像もつかないはずだ。
 だから、たとえもし今彼が顔を上げてこちらを振り向いたとしても……、それはきっと偶然にすぎないのだ。



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