恵方巻


「ただいまー」
「ああ、おかえり」
 いつものように帰ってくると、おかえりとぼくを振り向いたのは兄貴だけだった。涼はそっぽを向いたままだ。
「何してるの?」
 荷物を置きながら涼を見るとじろりと横目でにらまれた。両手で大きな海苔巻きを持って黙々とかぶりついている。ああなるほど。
「恵方巻、なんだそうだ」
 兄貴が言った。兄貴も食べかけの海苔巻きを手にしている。涼に言われて一緒に食べていたところに、ぼくが帰ってきたせいで、途中でやめてしまったんだろう。
「昔はこんな風習なかったと思うのになあ」
 言いながら兄貴はぼくに海苔巻きが一本入ったパックを差し出した。ぼくの分らしい。
「そうだねえ」
 ぼくはパックを受け取りながらうなずいた。確かに、そういえばいつから恵方巻とかいうようになったんだろう。兄貴の言う通り、昔はこういうのなかったような気がするのに。
 それにしても。
「涼、恵方巻もいいけど、ごはん前にそんなに食べたらごはん入らなくなるよ?」
 再び涼に目をやると涼はちょうど恵方巻を食べ終わったところで、一息つくと、
「透! 人が恵方巻食べてるところ邪魔してんじゃねえよ! それから親父も! 何途中であきらめてんだよ! ちゃんと最後まで黙って食べろって言っただろ!?」
 と、一気にまくし立てた。言いたいことがずいぶん溜まっていたようだ。
「ごめんごめん」
「よし、じゃあ透が食べる時は俺が邪魔してやるからな」
 謎の宣言をする涼に、やれやれとぼくは笑った。
「いや、ぼくは普通に食べるよ」
「なんでだよ!」



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