動機


「副所長さんはどうしてここに来たんですか?」
「え?」
「この研究所にですよ。いや、あなたの場合来た、じゃなくて始めた、になるのかな。どうしてこんな、自分が言うのもなんですがとても正気とは思えないようなことを始めようと思ったんです?」
 確か俺は副所長さんにいわゆる志望動機を話したことがあったけれどもそういえばこの人のそういう話は聞いたことがなかった。いつ見ても静かで悲しげなこの人のどこにどんな狂気が潜んでいるのだろう。
「始めた、というのは少し違うかもしれません。私は所長に誘われて、仲間になったんです」
「それはどうして?」
 副所長さんは黙り込んでしまった。きっと今この人は自分の心の内だけを見ている。視界に入るものすら見えなくなるほどただそれだけに集中している。もし今このままこの人が石か何かになってしまえば俺はいつでも好きな時にそれを眺めていられるのに。
「にんげんが……」
「え?」
 副所長さんが何かを言った。不覚にも聞き逃して尋ね返すと副所長さんは微かに笑った。
「人間が多すぎる、そう思ったんです」
「へえ……」
 それはまたシンプルでストレートだ。
「あの人が成し遂げてくれるのなら、自分など減らされる側でもいいと思ったのに」
「思った、のに?」
「…………」
 副所長さんはまた黙り込んでしまった。今度はいくら待っても何も答えてはくれなかった。



そこから生まれる物語/小説トップ
- ナノ -