面白い計画


「あ、ねえ葵ちゃん聞いて聞いて、実は今ちょっと面白い計画があってね」
「なんですか」
 何やら上機嫌な桂木さんに、面倒だなと思いながら私は一応返事をした。面白い計画、とか言いながらどうせろくでもないことに違いない。もう春だから花見にでも行こうだとか言い出すのかもしれない。
「あのね、簡単に言うと、人間に特殊能力を後付けするっていう計画なんだけど」
「え?」
 ところが桂木さんの言葉は私の予想を大きく裏切っていて、私は思わず桂木さんを振り向いた。
「特殊能力?」
「そう」
 私の気を引くことができたことに桂木さんは満足げな様子だった。少し癪に障るが実際気になってしまったのだから仕方がない。
「どういうことですか?」
「んー、詳しくは言えないんだけどね、つまり、ちょっと外からエネルギーみたいなもんを足してあげることで、その人をいわゆる超能力者みたいなもんにしてしまう、みたいな感じ?」
「いや、けっこう詳しく話されてますよね」
 とりあえず突っ込みを入れながら、それにしても、と私は内心ため息をついた。
「エネルギー、というとまた『女神様』ですか」
「またとか言うなよ」
 しかし事実だ。また彼女は利用される。この研究所がこうして存在する限り彼女は利用され続ける。そう思うと少しだけ暗い気分になった。桂木さんも一瞬苦い表情をしたように見えたけれどもそれが何に対するどんな心境からくるものなのかまでは分からない。
「とにかくさ、これが実現したらすごいと思わない? スーパーヒーロー誕生だよ」
「悪の秘密組織なのにスーパーヒーローですか」
 スーパーヒーロー?
 思わず鼻で笑ってやりたくなったところで、けれどもふと何かが引っ掛かった。例えばもし本当にいわゆるスーパーヒーローを作り出すことに成功したとして、そのスーパーヒーローがすることといえば?
「で、まずはとにかくそのための人材を確保しなければ、ていう話なんだよね。絶対に成功するって分かってるんだったらいっそ俺が手を挙げてもいいくらいなんだけど、今の段階でいきなりそれはさすがにちょっとねえ」
「そうですね、ここでもし私にとか言われても私だってお断りです」
「とりあえず実験台が必要だよね。やっぱり誘拐してこなきゃかなあ」
「なるほど、そういうところは悪の秘密組織っぽいですね」
 てきとうに桂木さんの相手をしながら、私は違うことを考えていた。そうだ、悪の秘密組織とスーパーヒーロー、本来両者は対立するものだ。ならばそのスーパーヒーローを、研究所の駒などではなく、奴らと戦うこちら側の切り札とすることはできないだろうか。
「ちょっと葵ちゃん、話聞いてる?」
「聞いてますよ。実験台を誘拐してくるっていう話ですよね」
「こういう場合、いつもだったら伊東くんに行ってもらうところなんだけど、伊東くんをはじめここの連中みんなまるで不審者だしなあ」
「確かに」
「それにそう簡単な話でもないんだよ。ほら、『女神様』との相性なんかもあるわけじゃない? だから手当たり次第にというわけにもいかないし」
「なるほど……」
 それじゃあ、いっそのこと彼女に行ってもらうのはどうだろう。そうだ、『天使』を使えばいい。そして彼女自ら選んでもらうのだ。自分の代わりに戦う、スーパーヒーローを。
「ねえ葵ちゃんさあ、さっきからなんかずっと上の空じゃない? どうしたの」
「……あの、桂木さん」
「なに」
「この件なのですが、ちょっと私に任せてもらえないでしょうか」
「え?」
 桂木さんは一瞬目を丸くして、すぐににやりと笑った。
「へえ、珍しく乗り気じゃない。どういう風の吹き回し?」
 珍しい。確かにそうかもしれない。この研究所に入ってからこんなに気分が高揚したことはなかった。自分でも驚くほどだ。
「ちょっと、いいことを思いついたんです」
「いいこと?」
「ええ」
 私もきっと同じように笑っているのだろう。ただし、全く違う理由で。
「考えがまとまりましたら、お教えしますよ」
 なるほど、確かにこれは面白い計画だった。



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