話なんてない


 話があるんだけどちょっといいかな。
 そう言った桐島くんは明らかに思い詰めた顔をしていて、私は、ちょっと今はそんな気分じゃないから後にしてちょうだいとか私には話なんてないわごめんなさいとか言って断ってやりたかったんだけれども、そうやって先のばしにしたところで結局逃げ切ることはできないんだろうと最早諦めにも似た気分でいいわよ何かしら、と答えた。
 けれどもそんな私の一瞬の動揺とか戸惑いみたいなものとかそれをごまかそうとしたことまでも彼には伝わってしまったようで、私もまた彼がそれを感じ取ってしまったことを隠すように微笑んだのが分かった。なんだか私の考えていることなど彼には全部バレてしまっているような気がしたし、彼の考えていることなどすべて手に取るように分かるような気がした。
 だから本当はこれから彼が言おうとしていることなんか聞きたくなかったのに、それでも彼は言わなければならないんだと思っているんだろうからなんていうかもう、仕方なかった。
 それを言葉にして伝えて、はっきりさせることに何の意味があるんだろうと私は思うのに、彼はそうやってはっきりさせることそれ自体に意味があると思っているようだった。
 ごまかして、ごまかし続けて、いつの間にか自然消滅してしまえばいいと思っていたのに。
 だってそれはそもそも存在しないものなのだから。
 ただの思い込み、錯覚でしかないのだから。

 そう、桐島くんは本当は何も分かってはいないのだ。私のことも、佐倉のことも、自分自身のことも。伝わらなくてもいいようなどうでもいいことは伝わってしまうくせに、肝心なことは何一つ伝わってはいないのだ。彼は分かったつもりでいるだけで、本当はずっと勘違いをし続けているのだ。
 私にはこんなにはっきりと分かるのに。泣きたくなるような想いも、そのまなざしの先にあるものも。

 ああ、どうしよう。
 私はこれから彼に言わなければならない。
 本当のことを言って、彼を傷つけてしまわなければならない。



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