面接の人


「あ! 面接の人?」
 研究所の正面玄関から入ってすぐのところはロビーになっていて、その声はロビーの片隅に置かれた長机のところからのものだった。確かにそこには男性が一人いてこちらに笑顔を向けている。よく通る声と明るい茶髪が印象に残りやすいというか目立つ人だなと思った。
「あ、はい」
 面接の人――この研究所に入るための面接を受けに来た人。確かにそのとおりなので私はうなずいて彼の方へ向かった。状況からしてそこはおそらく受付なんだろうと思ったけれども、近付いてみても机の上には何もなく、なんというかあまり受付らしくは見えなかった。だからといってじゃあ何だと言われてもよく分からないが。
「ねえ君さあ、破壊と創造、どっちに興味ある?」
「は?」
 ここは受付ですか? と私が尋ねようとしたところで先に彼に尋ねられた。
「……あー、そうですね、創造の方です」
 突然の質問に少し面食らいながらも私はそう答えた。消去法だ。正直どちらにも別に興味などない。ただ破壊に比べれば創造の方がまだマシだろうと思った、それだけのことだ。
「へー!」
 しかし私の答えに彼の目が輝いた。
「じゃあ俺と同じだ!」
 え?
「いやあ、そう答えてくれたの君が初めてだよ! いや君の前にも何人か来たんだけどね、みんな破壊の方ばっかりでさあ」
「そうですか」
 彼は急に上機嫌だ。そんな彼にとりあえず相槌を打ちながらふと思った。
「ひょっとしてこれが面接ですか?」
 そうだ、確か世界の破壊と創造はこの研究所の目指すところだったはずだ。
「え?」
 すると彼は一瞬目を丸くし、けれどもすぐに、ああ、と納得がいったようだった。
「いや、一応向こうで所長と副所長がちゃんとした面接やってるよ。でも君はもういいかな。そもそもこの建物の中に入って来れた時点でほぼ合格だし何より君のことは俺が気に入ったから」
 つまりその所長と副所長による面接はもう受けなくてもいいということだろうか。個人的には早くその顔を見てやりたい気もしていたが。
「それでは……」
「ああそうだ君、名前は?」
 また私の言葉を遮るように彼が言った。もしかしたら喋り出すタイミングというかリズムのようなものが似ているのかもしれないと思って何だか複雑な気分になった。そして言われてみれば確かにまずはそこからだろうにそういえば訊かれていなかったなと今更のように思った。
「倉沢葵です」
「葵ちゃんだね」
 なれなれしいなあ。
「俺は桂木真。ここの二階で創造担当。さっきも言ったけどみんな破壊の方ばっかりで二階は俺一人しかいなかったんだよね。だからこれからよろしく」
 彼はそう言って私に握手を求めてきた。とりあえず私も応じておく。
「はあ。よろしくお願いいたします」
 なるほど、どうやら私は主に彼と仕事をすることになるようだ。桂木真、という名前には覚えがあった。確かこの研究所の当初からのメンバー、つまりあの事件にも直接かかわった一人だ。
「ところで、創造担当だとおっしゃいましたけど」
 けれども、いや、だからこそ、確認しておかなければならなかった。彼はさっき私に、同じだ、と言ったけれど。
「創造といっても、それは破壊が前提の創造だということですよね」
 私がそう言うと彼はにやりと笑った。
「そうだね。だから当分二階は暇だと思うけど」
 同じなどではない。私は彼とは――彼らとは、根本的に違うのだ。
「そういえばさあ、葵ちゃんはどうしてそんなに髪伸ばしてんの? 無精? 女装? それとも何か意味あるの?」
「ああ、これですか? これはただのファッションですよ。単に自分にはこれが一番似合うと思っているだけです」
「へー。そうなんだ」
 じゃあまずは所長に紹介して、それから二階を案内するよ、ということになった。どうやら潜入には無事、成功したようだった。



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